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業務日報

7月4日(土)

昨夜は退勤後、dddギャラリーへ行く。TDC展。楽しかった。

先日、劇団の打ち上げで、何年かぶりにカラオケに行った。そういやつい最近、自己満足の作品をけなす際に「カラオケじゃあるまいし」みたいに例えられているのを、どっかで読んだか聞いたばかり。「カラオケ化するなんちゃら」みたいにもどっかで使われてたな。確かにカラオケは色々と俗っぽいけれど、ある意味とても芸術的だ。現代的かつ民俗的。青土社あたりからカラオケの文化論が出てた気がする、これは読みたい(が、青土の本は高い)。多分、世界的普及についての話で、カラオケの本質については論じられてるかな?

それともあんまり関係ないけど、みんなが歌ううたの歌詞みてっと、殆どがラブソングなんだな、って思った。これは一体、どういうことなんだろう?例えば、文学や演劇でも、ラブは大層な幅をきかせてるけど、殆どってことはない。歌ってもののの性質上なのか。前、小田さんのイベントに誘われてライブハウスに行ったけれど、そこでも感じた。

いや、ラブ、大いに結構なんですが。これは歌詞というものの性質なのか、以前、歌詞をうたわないで朗読する、というパフォーマンスをやって、歌詞というものはうたわれてはじめて想定されたリアリティを獲得する、逆に言えば、朗読ではリアリティがない、端的にいえば歌詞そのものはクサい、ってことがわかった。歌は、短い時間内で語らなければいけないから、かもしれない(でも俳句や短歌は、短いけれど、ものすごい説得力を持ったりする)。音楽という要素が、歌詞のクサさを中和させるのか、聴き手のメンタリティ?を引き上げて歌詞に説得力を帯びさせるのか。

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山本握微 - Yamamoto Akubi - Email : akubi(at)kiwamari.org