劇団乾杯「街街」
※本戯曲は、音楽家の米子匡司が大阪市西区安治川の倉庫で運営しているセミオープンスペースFLOATでの上演を前提に書かれた。別の場所・状況で上演される場合は、場所に沿って幾つか書き直す必要がある
第一部
安治川沿いにある倉庫。
道路に面した南側に出入口となるシャッター(開演時・開)と、北側にも安治川に沿ってシャッター(開演時・閉)がある。
2階と行き来する運搬用エレベーターが備えられている。壁には脚立。トイレは2階。
中心に事務用の机があり、原稿用紙・電話が置かれている。周囲にはダンボール箱が散乱している。
箱には「自費出版のことなら」「文学社」といったロゴやフレーズが印刷されている。
柱には日めくりカレンダー。公演日の前日が示されている。
安藤、外からゆっくり入場。
机に座って、眠る。
前説のために、演出が登場。客入れの音楽、中断。
- 演出
- 本日はご来場まことにありがとうございます。(上演中の諸注意)。えー、それからひとつお詫びがございます。フライヤーやウェブで告知しておりましたが、(一人の俳優の名前)が都合により出演中止となりました。そのため演出を一部、急遽変更して上演致します。あしからずご了承ください。それでは、もう間もなく開演です。
客入れの音楽が再開。
しばらくして、森町が入場。
- 森町
- 書けた?
- 安藤
- 寝てた。
- 森町
- えー、ずっと?
- 安藤
- うん。
- 森町
- もー。……じゃあ夢は見た?
- 安藤
- うー?見た気もするけど、夢って何か、しばらくたってからじゃないとわかんなくない?二時間目の休み時間とかくらいに、思い出すような何時も。
- 森町
- あそう。
- 安藤
- 夢が何。
- 森町
- 夢見たんなら、それ書けばよかったのにーと思って。
- 安藤
- 何それ。そんなのじゃないし。
- 森町
- 別に夢を題材とかって、よくあるでしょう。シュールレアリズムとか。
- 安藤
- そんなのじゃないって。
- 森町
- じゃあもう、ほんとおとなしく寝てただけ?ここで。
- 安藤
- うん。
- 森町
- いっそ逃げてくれたらよかったのに。
- 安藤
- 何でよ。
- 森町
- 本物の作家みたいじゃん、そっちの方が。逃げる行動力すらないんだからもう。
- 安藤
- だって、逃げるっつってもここらへん何もないし。駅まで遠いし。
- 森町
- 西九条駅すぐそこじゃん。
- 安藤
- えー、でもあそこ怖い。
- 森町
- え?何で?
- 安藤
- あれくぐんのが。
- 森町
- あー、安治川トンネル?別に怖かーないでしょー。
- 安藤
- だって何か暗いし。
- 森町
- 警備の人もいるし。安藤さんびびりかよ。
- 安藤
- 繊細だし。感受性が発達してるから。
- 森町
- そんなに感性豊かならさ、何でもいいから早く書こうよ。お願いだから。
- 安藤
- 急かさんとって。
- 森町
- 学校もそんな休めないでしょう。
- 安藤
- いい、いい。
- 森町
- 駄目だって。ほらほら、書こう書こう。
- 安藤
- お母さんみたいなこと言わんで!
- 森町
- あ、お母さんそんなんなんだ?
- 安藤
- これじゃ、家にいるのと同じだ。折角西九条くんだりまで来て、カンヅメになってるのに。
- 森町
- でも、一人にしても寝てただけでしょー、安藤さん。
- 安藤
- もう、森町さん、お母さんそっくり!
- 森町
- こんなん?「安藤さん、ちゃんと机にかじりついて書きなさい!」
- 安藤
- お母さん私を苗字で呼ばない!
- 森町
- 「屁理屈はいいから、書きなさい!」
- 安藤
- やめてよー森町君!
- 森町
- うえ、何、今のすごいそっくり。
- 安藤
- え、私?誰に?
- 森町
- や、うちの会社の上司に、なんだけど。
- 安藤
- あー課長さん?
- 森町
- そっか、安藤さんは知ってるか。
- 安藤
- ばりばり知ってるよ。森町さんの前の人だから。わりと良い人だよね。
- 森町
- わりと良い人です。
- 安藤
- 「ようやっとう?森町君」
- 森町
- うわ滅茶そっくり。
- 安藤
- 「まー座りやあ座りやあ。どうかね最近」
- 森町
- はあ、ぼちぼちです。うわー、なんか会社にいるみたい。
- 安藤
- 「内勤多いんじゃない?」
- 森町
- あー、すみません、なかなか客が引っかからなくて……ってこんな感じこんな感じ。
- 安藤
- 「不景気だしねえ、というより、あれだよねー、テレビで裁判沙汰がっつり取り上げられちゃってから、やりにくくなったよねー」
と、言いつつカレンダーをめくる。現在より数週間前の日付。物真似をするうちに回想シーンに。文学社。
- 森町
- まあ自業自得ですけどねー、ってよく知ってるな。
- 安藤
- 「ちょっと、森町君は我が営業部近畿二課のエースなんだから、そんなんじゃあきませんで」
- 森町
- 去年はたまたま運が良かっただけで、ほんとそういうの勘弁してください。
- 安藤
- 「そんなことないよ森町君」、森町さん期待されてんねんねー。
- 森町
- 本当は嫌なんだよこの仕事。文学社って名前に騙されて入社して、去年はヤケになって仕事したから。
- 安藤
- 「森町君もう三年目だっけ。早いなー。最終面接、私いたの覚えてる?」
- 森町
- そうでしたっけ?
- 安藤
- 「いやー、普通なら文学青年が勘違いしてる系は採らないんだけどね。可哀相だから。でもこれからは森町君みたいな人も必要ーみたいなノリになってね上が」
- 森町
- 「私は幼い頃から小説家を目指していました。それは才能の無さ故に諦めましたが、そこで培った経験を活かし、作家とともに歩む編集者になりたいと考え、御社を志望しました」
- 安藤
- 「うち自費出版専門って知ってた?」
- 森町
- それも立派な出版と思ってました。
- 安藤
- 「とても立派なものですよ」
- 森町
- でも何か被害者の会まで出来て、しょっちゅう裁判してますけど。
- 安藤
- 「まさか森町君、嫌気がさしてきたとか言う?」
- 森町
- いやもう、いいです何でも。
- 安藤
- 「無気力なのはいかんよ。さて、そんな君に相応しい仕事があってね。今の担当、全部ふっていいから、これ君専任でやって欲しい」
- 森町
- え、なんですかそれ。
- 安藤
- 「先週、新規の来客あったろ。奥さん一人でやってきて、というか君お茶出してた」
- 森町
- ありましたっけそんなこと。
- 安藤
- 「あれ安藤さんって人なんだけど、そこのお子さんがね、というか、親がか、しらんけど、とにかくね、子どもが作家志望で、小説を出版して欲しいって話なんよ」
- 森町
- へー、また都合のいいカモですねえ。
- 安藤
- 「そー。何やってるかしらんけどすごい金持ちらしくて、幾らでも出すってんで、部数とか装丁とかも一番高いクラスでってんで、絵に描いたようなカモネギよ」
- 森町
- そこまで進んでるなら、あとはもう印刷にまわすだけでは?
- 安藤
- 「そうは取次が卸さないっていうかね。肝心要の原稿がまだなくて」
- 森町
- はー。それ、カメラ貸して適当に撮らせてポストカードブック、ってのは駄目なんですか。
- 安藤
- 「先方は飽くまで小説ってんでね。で、その子にも何度か会いに行って原稿頂戴ってんだけど、これが一文字たりとも書こうとしないの」
- 森町
- なんすかそれ。
- 安藤
- 「なんでしょうねー。未完成でも何でもね、あれば引き伸ばしたり適当に色つけて本にするのが我々だけど、何にもないのはねえ」
- 森町
- そういうケースはあんま聞いたこと無いですね。
- 安藤
- 「奥さんは、子どもには才能あるっていうし、子どもの方も、まだ学生なんだけど既に作家気取りで、やる気はまんまんだけど、何も書かないっていう。そんなんだからお茶を濁すこともできないし、何とか小説を拵えさせるしかない」
- 森町
- はあ。
- 安藤
- 「そこで我が社の文学青年の出番と相成るわけですよ」
- 森町
- えー。
- 安藤
- 「うちの社員に、まともに文学語れる奴いないからさ。まだ年も近いし。その安藤先生に小説一発、書かせてくれる?」
- 森町
- はあ。
- 安藤
- 「あれ、気乗りしない?」
- 森町
- いや、仕事ですからやります。でもちょっとよくわかんないですね。
- 安藤
- 「まあ会ったらわかるよどんなやつか」
- 森町
- 自信ないですね。そんな本当に小説書かせるとかやったことないですから、この会社入ってからも。
- 安藤
- 「あそう?じゃあ、やる気を引き出す話をしようか。この前、草薙書房が民事再生申し込んだよね」
- 森町
- 草薙書房って、え?版元の草薙ですか。あの。
- 安藤
- 「出版業界の端くれにいるならそれぐらい知っとかんと。負債二十二億円」
- 森町
- 端くれ過ぎて知りませんでした。へー、あんな老舗でも潰れちゃうんですねー。というか、私、草薙受けましたよ昔。書類で落ちましたけど。
- 安藤
- 「良かったねー、受かってたら今頃、路頭だ」
- 森町
- これが出版不況ってやつですか……。
- 安藤
- 「これからどんどん潰れてくよ渋いところは」
- 森町
- 良い本出してたとこなのになー。
- 安藤
- 「ほんで、これまだ極秘だけど、ウチがね、支援企業になって、そこ買い取るみたい」
- 森町
- え!本当ですか。
- 安藤
- 「これほぼ決まり」
- 森町
- 合併?
- 安藤
- 「違う。子会社化。合併したら意味無いから。草薙ブランドを残さないと」
- 森町
- あ、そうか。
- 安藤
- 「うちとしては、老舗の看板さげて営業したいでしょ」
- 森町
- まあ、ですよねー。
- 安藤
- 「森町君これチャンスだよー」
- 森町
- え?
- 安藤
- 「今後、うちから草薙へ出向ってラインが出来るからね」
- 森町
- ああ。
- 安藤
- 「なれば森町君念願の、ホンチャン作家相手にするのも夢でないかもよ将来的に。もしそういう話が出たら、私からは森町君を推薦するし」
- 森町
- 本当ですか。
- 安藤
- 「そういうアピールにもなるでしょ、この仕事って」
- 森町
- 夢のある話ですねえ。この会社にしては。
- 安藤
- 「ま、いざとなったらあいうえおでも何でも、とにかく書かせさえすればいいからさ」
カレンダーをめくる。
課長が森町に仕事をふる一週間前。
文学社応接室にて課長と安藤母の商談。
- 森町
- 「うちの子は本当に才能があります」
- 安藤
- 「ははー、左様でございますか」
- 森町
- 「是非、作家にしてやりたいと思いまして一日でも早く」
- 安藤
- 「ええ」
- 森町
- 「とにかく本を出そうと」
- 安藤
- 「なるほどー」
- 森町
- 「取敢えず、岩波書店や新潮社、角川書店などをまわってみたのですが」
- 安藤
- 「そりゃまた、大手ばかり」
- 森町
- 「岩波はウンと言わない、新潮は慎重な態度で見送り、角川は売れるカドーカワ、わからないからと断られました」
- 安藤
- 「まあ、そうでしょうなあ」
- 森町
- 「他もまわりましたが、何処も同じで」
- 安藤
- 「大手はねえ、売れるとわかりきったものしか手をださんのですよ。出版社といっても根は商売人、文化というものがまるでわかっとらんで。連中が、出版業界を腐らせたといっても過言ではありませんなー」
- 森町
- 「ええ、全くその通りだと、実感しました」
- 安藤
- 「いや奥さん(芝居がかった握手をする)。ここへ来て大正解。我々はどんな本であろうとお力添えいたします。必ずや出版し、読者へと届けます。お子様の隠れた才能、決して見過ごしはしません」
- 森町
- 「そう言っていただける出版社をずっと探していました」
- 安藤
- 「こちらが基本的な料金になりますが、まあ単純に刷る部数が多いと本屋に並ぶ数も増えます。あと、本の形態。小説だったら重厚なハードカバーが良いでしょう。となると、基本こんな感じでして(電卓を叩く)……まあ、でも、家一軒建てると思えば、決して高くないこと、おわかりいただけますでしょうか」
- 森町
- 「お金は問題ではありません。最高品質、最大部数でお願いします」
- 安藤
- 「それは心強い。おーい森町君、大きい電卓持ってきてー、桁が足りん。いやあケタケタ笑いが止まりませんな。あいや、お子様の才能を世に出せることが嬉しくて。
- 森町
- 「ええ、誇らしい仕事になると思います」
- 安藤
- えー後はデザイン料とかで稼がせていただいくとしてと(算盤弾く)、そうそうページ数でもまた決まりますのでね、基本二百枚の見積もりなんですが、とかく原稿お見せいただけますか。
- 森町
- まだありません。
- 安藤
- ああ未完成でも結構ですよ。我が社の出版アドバイザーが、完成までお手伝いを致しますので。
- 森町
- ですが一文字もないのです、今のところ。
カレンダーをめくる。
安藤母が文学社へ依頼をした翌日。
自宅で我が子と話している。
- 森町
- 「学校へは私が伝えておくからね。あ、もしもし先生、安藤の母でございます。うちの子、作家デビューに備えてしばらく休ませますので。はい、あ、はい。だから休ませます。ええ、モンスター、はい。ええ。ペアレント。はい。ええ。もういいです」(電話を切ってオッケーサイン)
- 安藤
- やったーゴールデンウィーク延長だー。
- 森町
- 「あなたはやれば出来る子なんだから、やりなさい」
- 安藤
- やるー。
- 森町
- 「お母さん出版社にナシつけたからね。来月には作家デビューするのよ」
- 安藤
- やったー。
- 森町
- 「でも、やらなきゃできないんだからね」
- 安藤
- できるー。
- 森町
- 「恐ろしい子……!光る才能、目に入れても、痛くもなければかゆくもない、可愛い私の子」
カレンダーをめくる。
公演日前々日。
安藤が森町を担当して既に数日が経っている。
- 安藤
- カンヅメになりたいな。
- 森町
- え、何?安藤さん、カンヅメ食べたいの?さば?
- 安藤
- 違う。あれあれ、締め切り間近の作家が、編集者に閉じ込められるやつ。
- 森町
- あーカンヅメ。
- 安藤
- 森町さんやったことないの?
- 森町
- えー、うちは自費系だからないよー。みんな原稿前もってあるからさ、安藤さんのがレアケースだ。
- 安藤
- レアチーズケーキ。
- 森町
- えー、要するに、もっと書け書けーってやった方がいいの?
- 安藤
- 書いて欲しいんでしょ。
- 森町
- そりゃそうだけど……何かが間違っている。
- 安藤
- なんか森町さんって編集者って感じがしないなー。もっと作家を追い詰めて作品を引き出すんじゃないの?
- 森町
- いやあ、だって私、ただの営業だし。
- 安藤
- 情熱が足りない!こんなんじゃ書く気起こらない。
- 森町
- わかったわかった。安藤先生、書いていただかないと困ります。
- 安藤
- いや君、そうは言ってもだね。
- 森町
- 小芝居かよ。(電話をかける)こうなったら、原稿があがるまで、カンヅメになってもらいますからね。あ、課長、かくかくしかじか、書け書けカンヅメなんですけど。
- 安藤
- (森町の携帯に耳を当てて課長の声を復唱)「はあ、カンヅメねえ。まあうちは経費で請求するしいいんじゃないホテルとか。あ、うちの倉庫使ったら?」
- 森町
- え、安治川の?
- 安藤
- 「棚卸しで在庫処分したばっかだから結構広いでしょう。事務所もあるし、いざとなったら泊まれるし」
- 森町
- えー、でも単純にホテルに行きたいだけっぽいんで、納得しますかねー。
- 安藤
- 「まあ言うだけ言ってみて。使用料とかで請求したら丸儲けだし」
- 森町
- わかりましたー、という次第だけど。
- 安藤
- 倉庫?いいね、そうこなくっちゃ。
- 森町
- あ、いいんだ。意外。
- 安藤
- だって考えてもみたまえよ。創作はほれ、倉こに通じるのだ。
安藤「創」の字が書かれた紙を持ち、旁の部分を90度、回転させる。
「創」が「倉こ」に。
カレンダーをめくる。
公演日前日。
- 森町
- で、何時になったら書きはじめるかなー、折角ここまで来たのにー。
- 安藤
- 一人にして。
- 森町
- え?
- 安藤
- 気が散る。
- 森町
- えー……別にいいけど、ちゃんと書いてよ。ほんなら私、引継ぎ残ってるから一旦会社戻るね。何か買ってくるものとかある?
- 安藤
- いまんとこない。
- 森町
- じゃ、食べ物とかも買ってくるから。食べたいのある?まいいや、携帯に電話して。番号わかるよね。
- 安藤
- わかってます。
- 森町
- じゃあ、また(開演時間)時までに戻るから。
森町、外へ退場。
- 安藤
- おお、一人だ、スゲー。なんかどっかの倉庫で私、一人だ。学校休んでるし。自由だー、けど寂しい、孤独だ。自分とのあれだ。さあ、なんか書くぞー。でもねむ。
などと言い、机について眠る安藤。
客入れの音楽が鳴る。
劇の冒頭に戻る。
- 森町
- 書けた?
- 安藤
- 寝てた。
- 森町
- えー、ずっと?
- 安藤
- うん。
- 森町
- もー。じゃあ夢は見た?
- 安藤
- うー?何か見た気はするけど。でも、夢っちゅうか……思い出せない。
- 森町
- あそう。まいいや。色々買ってきたよー。腹へったっしょ。何か食べる?眠気覚ましに。甘いものとかいいんじゃない?
森町、コンビニの袋から、プラスチック容器に入ったケーキを出す。
- 安藤
- レアチーズケーキだ。
- 森町
- 嫌い?
- 安藤
- いや、何かそれ夢の中に出てきたような。
- 森町
- 卑しい夢見てんな。
- 安藤
- 違うよ。それに、レアチーズケーキは重要でもなかったはず。
- 森町
- もういいよ。とにかく、一文字も書いてないの。
- 安藤
- 書けるわけないよ。
- 森町
- 何でよ。
- 安藤
- だって、書くものないもん。
- 森町
- だからそれって……え?何、もしかしてペンとかのこと?
- 安藤
- うん。何もないしここ。
- 森町
- ちょっとー!早く言ってよ!ほら、はい。
森町、胸ポケットに挿していたボールペンを渡す。
- 安藤
- そんな業務用ボールペンはいって渡されてもなー、雰囲気ってもんが。伝票書くんじゃないんだよ?
- 森町
- 何、万年筆でも用意しろって?というか、これまで一文字も書いてこないから思いつかなかったけどさ、なにで書くの?
- 安藤
- え?
- 森町
- 今時、手書きの方が珍しいよね。でも安藤さん、キーボードなんか打てないでしょ。
- 安藤
- タイプライターとかいいなー、格好良さそう。オシャレトロ!
- 森町
- ってか安藤さん世代なら、あれじゃない、ケータイ。おお、安藤さん似合ってるよ、ケータイ小説。
- 安藤
- 馬鹿にしてる?
- 森町
- えー、でもあれなんかすごい売れてんでしょ?それでいこうよ。
- 安藤
- 違ーう。つーか、携帯打つの嫌いだし。なんで「お」って一文字打つのに「あ」五回も連打しなきゃいかんのよ狂ってるでしょあれ。
- 森町
- あのさあ、口述筆記でもいいよ。安藤さん、思いつくまま喋ってさ、それ録音して、私が原稿にするからさー。
- 安藤
- 森町さん、書く道具なんかあとでもいいの。何「を」書くかが問題なの。何「で」じゃなくて。
- 森町
- そりゃそうだけど、安藤さん、形から入るの好きでしょ。
- 安藤
- 違うよー。全くもう。森町君には物書きの苦労ってのがまるで理解できてない。
と、安藤、パイプをくわえる。
- 森町
- 何それ。ちょっと、タバコ吸ったら駄目でしょ。
- 安藤
- 火はついてない。
- 森町
- おもっきし形から入ってるやんか。
- 安藤
- 全く話にならんな。
と、安藤、立派なヒゲをたくわえる。
- 森町
- うわ、立派になっちゃって。
- 安藤
- 文学者たるもの、これくらいヒゲがなくては威厳が保てぬ。
- 森町
- 一体何時の威厳イメージだ。
と、安藤、太縁丸眼鏡をかける。
- 安藤
- いやあ、目を悪くしてねえ。毎晩机に向かっているものだからねえ。職業病かな。
- 森町
- そりゃ白紙ばっかり見つめてっから。
と、安藤、ベレー帽を被る。
- 安藤
- だいぶ作家らしくなってきたでしょ。
- 森町
- 絵描きだろそれどっちかっつーと。というか、トータルで大分へんなことになってるよー。
と、安藤、両手をプルプルふるわせる。
- 安藤
- いかん、持病が。
- 森町
- アル中か?
- 安藤
- 違うよ、書痙。
- 森町
- 処刑?(首切る所作)
- 安藤
- これじゃあ、筆が持てない、キーボードも叩けない、ケータイだって打てない……(ふるえながら筆やキーボードなどを次々と机から取りこぼす)いや、挫けるな私。いっそ、平凡なサラリーマンだったらどれだけ幸せか……!
- 森町
- よっくわかったよ。安藤さん!小説書きたいんじゃなくて、ただひたすら作家になりたいだけなんでしょ。
- 安藤
- 違うよ!
- 森町
- だったら、いつまでも遊んでないで、とにかく書き始めよう。ね。
- 安藤
- 何だよそれ。おたくの課長さんがさ、うちのエースに担当させますってんで、期待してみりゃこれかよ。そうやって、書け書け吠えてりゃいいんだから楽な商売ですね。暴走族の新入りにもできるんじゃないんですか。先輩の改造バイク見てカッケーカッケーって言ってるだけなんだから。
- 森町
- へいへい。じゃ、一緒にやりましょうか。さっき、九条商店街の本屋でこれ買ってきたし。
- 安藤
- 何?
- 森町
- じゃーん。「あなたにもきっと書ける!小説入門講座」。
- 安藤
- えー、素人っぽい。
- 森町
- 安藤さんに合わせて選んできたんだよ。あ、これ草薙書房かー。
- 安藤
- なんだかなー。
- 森町
- (帯を見て)えーっと、ステップ・アップ・レッスン形式、って何だ。まあ、この本の通りにやってたら何時の間にか書けてるーってやつだから。
- 安藤
- ほんとにー?
- 森町
- って帯に書いてるし、気に入らなかったらまた考えればいいし、とにかくこれやろう。一緒に。
- 安藤
- しゃあねえ、つきやってやるかー。
- 森町
- えーと、レッスン1。「まずは作品が完成した後を想像してみよう」……って何だ。
- 安藤
- まだ完成してないって。
- 森町
- (ぱらぱら読みながら)あー、はいはい。要するに、あれだ、受験勉強始める前に、合格した後の学校生活を想像して気分もりあげようぜ的な。
- 安藤
- そっからかよ……どんだけ低レベルなんだそれ。
- 森町
- いや結構重要じゃない?というか私も知りたいよ。何で小説なのかもわかんないし。
- 安藤
- とにかく小説なの!
- 森町
- だからそれをもっと具体的に!
- 安藤
- えーとねー。
- 森町
- じゃー、はい、仮に本ができました。今日が発売日です。
- 安藤
- やったー。
- 森町
- 全国の書店に並びます。
- 安藤
- どーんと、平積み、面陳、多面展開!
- 森町
- えーと、ごめん、実際のところ、うちと契約してる本屋の、だいたいすみっこにある自費出版コーナーで、そっと棚に一冊さされておしまいってのが普通です。
- 安藤
- まじかよー。そりゃ訴訟も起きるわ。でも、オッケー!傑作は埋もれていても、いつか世に出る。
- 森町
- だといいけどねー。
- 安藤
- 発売日の朝、ある店のカリスマ書店員が、私の本を棚に差し込もうとした時、ふとベテランの勘が働く。
- 森町
- おお。
- 安藤
- なんだろう、この引っかかる感じ、ってんでぱらぱらめくって、おおこれは!勤務時間中だというのに、ページをめくる手が止まらない!
- 森町
- 働けよカリスマ店員。
- 安藤
- じゃあ働くけど、気になって仕事が進まない。昼休み、ご飯も食べずに夢中で読破。こここいつはすごい傑作だー!
- 森町
- ふーん。
- 安藤
- すぐさま、文学社に追加発注!
- 森町
- (電話をとる)え!在庫は山ほどありますけど。ほんといいんですか?うち注文は買切ですよ。では番線お願いします。
- 安藤
- 大量入荷した本を、お得意の手書きポップつけて、一番目立つ話題書コーナーで展開。
- 森町
- 売れるといいね。
- 安藤
- 飛ぶが如く!他じゃ置いてない無名の作家に、お客さんは訝りながらも、手にとってぱらぱら立ち読み。その足でレジへ向かう。
- 森町
- そんな面白い小説を書きたいってことか。
- 安藤
- 即日完売、追加発注。
- 森町
- (電話をとる)え?そんなに在庫ないですねー。返品待ち保留でよければ、番線お願いします。
- 安藤
- 買った人から、口コミで広がり、
- 森町
- あー、今ならあれだよねー、ネットでブログだミクシイだーって。
- 安藤
- その頃には全国の書店からも注文殺到。「なんか売れてる本があるらしいんですが、うち全然入荷なかったんですけど」って。
- 森町
- (電話をとる)いやー、自費ですから新刊配本はないんですよ。今重版中でして、出荷調整入りますけど、それでよければ番線お願いしまーす。
- 安藤
- そろそろ文学プロパーの耳にも入り、目聡い新聞社なんかが書評欄で取り上げる頃合かな。
- 森町
- うちの本が新聞に、広告以外で載るなんて。
- 安藤
- この本を広めたカリスマ店員の強い推薦で、今年の本屋大賞、圧倒的支持で受賞。
- 森町
- すごい、最近話題のあの賞を。感無量。
- 安藤
- 甘いよ森町さん、こんなの序章。まだまだ夢見せてやらあ。
- 森町
- そろそろ次回作を出す頃?
- 安藤
- 傑作に、次回作なんて要らない。
- 森町
- え?
- 安藤
- 一流の殺し屋に弾丸は二つ要らない。一流の忍者に、手裏剣は二つ要らない。それと同じ。
- 森町
- ああ歌で言うなら「愛は勝つ」みたいなもん?
- 安藤
- それは一発屋!じゃなくて、一作品でことたりる。あくせく作り続けるなんて三流作家の証拠。
- 森町
- すごいこと言うな。
- 安藤
- この一作品で行くとこまでいったる!イッツ・賞・タイム!
- 森町
- 賞?
「愛は勝つ」が流れる。
- 安藤
- 野間文芸新人賞、吉川英治文学新人賞、三島由紀夫賞受賞!
- 森町
- 総ナメじゃん!
- 安藤
- 世紀の新人に文壇は騒然。
- 森町
- ふぇー!
- 安藤
- そして史上初の芥川・直木賞同時制覇!
- 森町
- 国民的作家だ。
- 安藤
- 次は世界だ。英語からトンパ文字まであらゆる言語に翻訳されて、全世界で読まれる!
- 森町
- 北は北極から、南は南極まで。
- 安藤
- フランツ・カフカ賞、国際ブッカー賞、エルサレム賞受賞。
- 森町
- となれば、いっちゃうか、あそこまでいっちゃいますかー。
- 安藤
- モチ!
- 森町
- ノーベル文学賞!
- 安藤
- 甘い!
- 森町
- え?
- 安藤
- そこに描かれた世界観から、ノーベル化学、物理学、医学、経済学、平和賞、全部受賞!
- 森町
- シェー!
- 安藤
- シェーじゃなくて賞!そこではじめて明かされる驚愕の真実!
- 森町
- え?
- 安藤
- そもそもノーベル賞は、全てを制覇した究極の小説のために用意された賞なのだ。
- 森町
- もしや!
- 安藤
- ノベル賞!
- 森町
- 知らなかったー!
- 安藤
- 最早、作品という概念を越えて、新時代の聖書となる。
- 森町
- じゃあもう賞は必要ないね?
- 安藤
- こっからは形態だ。
- 森町
- ケータイ?
- 安藤
- いろんな形になってるね。まず、記念の特装版、コレクター向け限定版、一家に一冊の函入り総革、愛蔵版。
- 森町
- 普及のためにも文庫化しないと。
- 安藤
- もちろん。安くて手に入れやすいコンビニ版、ダウンロードできる電子版。
- 森町
- 他には?
- 安藤
- 傑作は差別しない。目の悪い人のために大活字版も用意。
- 森町
- 目の見えない人のために点字版。
- 安藤
- 点字の読めない人のために朗読音声CD版。
- 森町
- CDプレイやー無い人のためにカセットテープ版。
- 安藤
- その他、SP、LP、オープンリール、DAT、MD、MP3、何でもござれ。
- 森町
- 耳が聞こえない人のためには?
- 安藤
- 普通版をどうぞ。
- 森町
- あ、そっか。
- 安藤
- そして角川のお家芸、メディアミックスが炸裂よ。
- 森町
- メディアミックス?
- 安藤
- 読んでから観るか、観てから読むかの映画化決定。
- 森町
- キャッチコピーは「観るまでシネマせん!」
- 安藤
- 当然のように漫画化決定。
- 森町
- コミカライズ。
- 安藤
- となると余裕でアニメ化決定。
- 森町
- アニミズム。
- 安藤
- ひとつの小説を原作に、あらゆる次元を席巻し、そしてとうとう、
- 森町
- まだこれ以上が?
- 安藤
- これが最後
- 森町
- 最後!
- 安藤
- 終に!
- 森町
- 終に?
- 安藤
- いよいよ!
- 森町
- いーよいーよー!
- 安藤
- 私の小説が、舞台化決定!
音楽が止まる。
- 森町
- 舞台!……化……?……え……?
- 安藤
- いやあ、とうとうここまできたかー。さすがの私も感無量。
- 森町
- 舞台化って、え、ふつーに演劇ってこと?
- 安藤
- そうだよ。
- 森町
- えー、そんなんとっくになってるっておもった。
- 安藤
- 勿論なるけど、やっぱ最後でしょこれは。
- 森町
- いやー、なんか行くとこまで行って最後にそれって意外だなー。安藤さん演劇ファンなんだ。
- 安藤
- 別にー。ただ、私が並べただけの文字が、マジで生の現実になるんだから。嘘から出たまことちゃんグワシ!って感じ。
- 森町
- ようわからんけどそんなものかなー。
- 安藤
- テンション上がってきたー。次々!
- 森町
- おもっきし、この本の思う壺じゃん。いい読者だな。
- 安藤
- 早く早くー。
- 森町
- ほんじゃあ行くぜ、レッスン2。「自己分析をしてみましょう」……だって。
- 安藤
- 自己分析ー?
- 森町
- えっとね。「完成後のイメージでテンションをあげた後、落ち着いて自分を振り返りましょう」だって。
- 安藤
- 自分のことぐらい知ってるよ。
- 森町
- まあ、そこを見直すのがいいんじゃない。
- 安藤
- こんな調子でほんと小説書けるようになんのかよ。
- 森町
- まあやろうやろう。というか、安藤さんがすごいの書きたいってのはわかったけど、やっぱ具体的にどんなのかわかんないし。
- 安藤
- それを説明できるなら作品なんて書かないよ。
- 森町
- あーもう、ほんなら(本を見ながら)例えば好きな作家って誰?
- 安藤
- 作家?
- 森町
- それでだいたい方向わかるし。
- 安藤
- 別にない。
- 森町
- 気取ってんの?じゃあ、最近何読んだ?
- 安藤
- っていうか読まんし。
- 森町
- え?
- 安藤
- 漫画は読むけど、小説って読まないんだよね。
- 森町
- ちょっとちょっと。何それ。
- 安藤
- だって小説眠くならない?超苦手。
- 森町
- こりゃまてまて。えー、何?小説家志望が小説読んでないってどういうこと?読まない人が書けるわけないでしょ!
- 安藤
- そんなことないよ。スポーツだって、とにかくやんのが大切であって、観てても上手くなんないでしょ。
- 森町
- そりゃスポーツはそうだけど!え、何、漫画は読むの?じゃあ漫画にしとけば?
- 安藤
- だって、絵描けないし。
- 森町
- 間違ってる!
- 安藤
- えー、小説苦手ってそんな珍しい?
- 森町
- そこじゃない。
- 安藤
- 文字がうじゃーって読む気しねー
- って感じじゃん。何回も同じ行読んじゃうし、
- って感じじゃん。何回も同じ行読んじゃうし、
- って感じじゃん。何回も同じ行読んじゃうし
- 「ってああもううざい!」
- 「って私のせりふじゃー!」
- 森町
- って私のせりふじゃー!
- 安藤
- 違うとこ読んじゃった。
- 森町
- 大丈夫?
- 安藤
- 「アホボケナスカス何ラリっとんじゃ!」
- 森町
- え、何、突然。下品だよ。
- 安藤
- あ、ごめん。読み飛ばしちゃった。文字がびーっしりだと少し目を離すと何処読んでるかわかんなくなるし。
- 森町
- 小学生か!えー、そんなんで学校の国語とかやってけるの?
- 安藤
- だからお母さんに、教科書全部切ってつなげてテープにしてもらう。
- 森町
- テープ?
- 安藤
- (頁を切って文字をつなげた紙テープを取り出す)ほら、これなら、一直線だから繰り返したり読み飛ばしたりはしないですむし。
- 森町
- ああ、そんな風にしてるやつクラスに一人はいたなあ、っていねえよ!
- 安藤
- 別に内容は変わらないし。こんなんのがおかしいでしょ(指を上下にすばやく振り進ませる)。
- 森町
- いやまあ、そういう疑問を持つのは斬新でしょうが。
- 安藤
- うん。…………
- 森町
- …………。
- 安藤
- うん。あ……。
安藤、せりふをど忘れし、劇が止まる。
そわそわする二人。
耐え切れず、助け舟を出す森町。
- 森町
- ……(小声で)「それでもさー」
- 安藤
- ! それでもさー、一気に読めないから、ストーリわかんなくなっちゃうんだよね。
また沈黙。
- 森町
- ……(小声で)「私……」
- 安藤
- !私、記憶力が悪いから!
- 森町
- そりゃそういうこともないとはいわないけど。
- 安藤
- だ、だいたい……?
- 森町
- (小声で)合ってる……。
- 安藤
- だいたい長すぎるんだよねー。あんな……
- 森町
- 「あんな文字びっしり丸々一冊って一体何かいてんのあれ」……って漫画には描いてない深いことだよ
- 安藤
- えーと、
たまらず、森町、安藤のせりふを肩代わりする。
- 森町
- 「わー、森町さんってあれか、文学は高級的みたいなノリの」……って、いや別に高級とかじゃなくて。……「そんなことない。森町さん、あれ?
- 安藤
- ……(小声で)『「森町さん、絶対高級だって思ってるよ」ってそんなことないよ』
- 森町
- 「森町さん、絶対高級だって思ってるよ」……ってそんなことないよ。
また沈黙。
深呼吸して、
- 森町
- 「意思の力」
- 安藤
- 「光と術」
同時に発声してしまう。
二人、無言のまま所作でどちらが先に発話をするか打ち合わせたあと、劇は正常に再開。
- 安藤
- とにかく記憶力が悪くて、ストーリーわかんなくなるし。
- 森町
- そりゃそういうこともないとは言わないけど。
- 安藤
- でしょ?
- 森町
- まあ、老若男女、世界に通じる物語なら、長編って感じじゃないかもね。それに最後に舞台化されるなら、それくらいの話ってことだしな。
- 安藤
- 短ければ短いほど良い。読むのも楽だし、書くのも楽だ。
- 森町
- 何枚くらいだろ?
- 安藤
- 一文字!
- 森町
- そりゃただの字だ。
- 安藤
- じゃあ、四文字くらい。
- 森町
- 熟語ひとつで何物語れる?
- 安藤
- ええい奮発して、十七字ダッシュ!
- 森町
- やっと俳句にはなったかな。
- 安藤
- よござんす、三十一文字べらんめえ!
- 森町
- 短歌になった、って短すぎると逆に難しいでしょ!
- 安藤
- あー、それもそうかも。
- 森町
- つまり安藤さんが書きたいのは、こう、記憶力とか要らない程度に短い、まあでも世界中に訴えかけられるそれなりの量、ってのか。
- 安藤
- そうそう。
- 森町
- ようし、だんだん出来てきたな。
- 安藤
- そうか?
- 森町
- 記憶力のない安藤さんが書く小説は、記憶力なくても読める量でしょ。気後れせずにどんどん書いて。
- 安藤
- でも記憶力が悪うござんすから、言葉がよくわかんないんだよねー。
- 森町
- は?言葉?
- 安藤
- あれなんだっけ?えーと?悪口みたいなやつ。アホボケナスカス何ラリっとんじゃ、みたいな?
- 森町
- は?
- 安藤
- 使える言葉の数だっけ、外国語で。
- 森町
- ボキャブラリーのこと?
- 安藤
- その、ボケ、アホ、ラリってるの。
- 森町
- 確かにボキャブラリー貧困。
- 安藤
- 僕、ぶらり旅。
- 森町
- あぶらとり紙。
- 安藤
- だからもー、えー、書けっていわれてもー、っていう。
- 森町
- ほんと何処までも困ったやつだなー。でもそれ確かあったぞ(本をめくる)。
- 安藤
- 何。
- 森町
- これ巻末に逆引きがついてて、ほら「言葉を広げるには?」(ページをたどる)だいぶ先に行くけど「レッスン15、辞書を活用しましょう」
- 安藤
- なんか面倒くさそうな。
- 森町
- 「知らない言葉は勿論のこと、知ってるつもりの言葉もどんどん辞書で調べましょう。身近な言葉を見直すことでボキャブラリーが豊かになります」なるほど、けだし名言ですな。けだしって何だよっていう。
- 安藤
- 知ってる言葉いちいち引くの?
- 森町
- じゃあ、安藤さん、そもそも、小説って何よ。
- 安藤
- 小説は小説じゃん。
- 森町
- それよそれ。そういうのを調べると何か発見があるかもよー。
- 安藤
- 発見ねえ。
- 森町
- (辞書めくる)小説とは、散文で書かれた人間や社会を描く物語、なるほどね。
- 安藤
- ちょっと待って。わかんないよ。散文で書かれた、え?人間や社会?描く物語?は?……散文って何?書かれたってどういう?人間って誰?社会って何処?描くってどんな?物語って何?
- 森町
- えー。うー。
- 安藤
- 森町さん、わかんないのにわかったフリ?だっせー。
- 森町
- まあまあ、それも辞書引きなさいってことでしょ。ほら安藤さんも手伝って。
- 安藤
- えー面倒。私まだABDC〜って歌わないと引けないんよ。
- 森町
- 日本語だから。あいうえおぐらいは言えるでしょ。
- 安藤
- 馬鹿にしないで。朝飯前のお茶の子よ。
- 森町
- あった。散文とは韻律などの制限がない通常の文体。
- 安藤
- 書かれたとは、文字を記されたこと。
- 森町
- 人間とは、霊長類ヒト科!
- 安藤
- 社会とは、生活の空間を共有する集まり。
- 森町
- 描くとは、ありさまを写し出すこと。
- 安藤
- 物語とは、他人に語るまとまった内容。
- 森町
- なるほど。
- 安藤
- わかったふりしないで。
- 森町
- つまり、小説とは、……韻律などの制限がない通常の文章で文字を記された、霊長類ヒト科や生活の空間を共有する集まりのありさまを写し出す、他人に語るまとまった内容。なるなる。
- 安藤
- いやわけわかんない。だから韻律って何?制限とは?通常ってどんな?文体って一体?文字は?霊長類ヒト科ってどいつ?生活って何?空間って何処?共有ってどうゆう?集まりってつまり?ありさまって何様?写し出すって?他人って誰?語るは?まとまった?内容って何なのよ?知ってるの答えられるの?
- 森町
- だーわかった。これも辞書引きゃいいでしょ。
- 安藤
- ほんとにわかるのかな?
- 森町
- 韻律とは、音の性質によって作り出される言葉のリズム。
- 安藤
- 制限とは、限界を設けること。
- 森町
- 通常とは、いつもどおりであること。
- 安藤
- 文体とは、文章体裁や様式。
- 森町
- 文字とは、点や線を組み合わせた言語の伝達に使われる符号。
- 安藤
- 霊長類ヒト科とは、人間……あれ戻っちゃった。
- 森町
- 生活とは、この世に存在し活動すること。
- 安藤
- 空間とは、上下四方の広がり。
- 森町
- 共有とは、一つの物を二人以上が共同で持つこと。
- 安藤
- 集まりとは、多くの人や物が一つところに寄ったもの。
- 森町
- ありさまとは、ものごとの状態。
- 安藤
- 写し出すとは、気持ちを表すこと。
- 森町
- 他人とは、自分以外の人。
- 安藤
- まとまるとは、物事の筋道が立って整うこと。
- 森町
- 内容とは、なかみ。ナール・ホド・ザ・ワールド、秋の祭典、スペシャル。
- 安藤
- まとめに入って。
- 森町
- つまり小説とは!……音の性質によって作り出される言葉のリズムなどの限界を設けることがないいつもどおりである文章の様式で、点や線を組み合わせた言語の伝達に使われる符号で記された、霊長類ヒト科イコール人間やこの世に存在し活動する上下四方の広がりを一つの物を二人以上が共同で持つ多くの人や物が一つところに寄る、ものごとの状態を、気持ちを表して自分以外の人に話す、物事の筋道が立って整ったなかみ!
- 安藤
- わけわかんない!
- 森町
- あんた動いてたじゃん。それ。
- 安藤
- だから、音って?性質?言葉?リズム?限界?設ける?文章?様式?点?線?組み合わせ?言語?伝達?符号?霊長類ヒト科!この世?存在?活動?上下四方?広がり?一つ?物?二人?共同?寄る?状態?気持ち?表す?自分?話す?筋道?整う?中身?
- 森町
- なんかどんどん単語が難しくなってくような……。
- 安藤
- でも辞書引きゃわかるんでしょ何時か。私みたいな馬鹿でもー。
- 森町
- ……おうおうおう、やったろうやないけ!どうなってもしらねえぞ!
- 安藤
- 毒食わばサラマンダー。
- 森町
- はやおくりだー!
- 二人
- AHh!(高音を放ち、辞書引きまくる)
- 安藤
- つまり小説とは!
- 森町
- 振動によって引き起こされた感覚の本来のありかたによって作り出される社会に認められた意味を持つ音声の規則をもった音の流れなどのもちこたえることのできるぎりぎりを作り備えることがないいつもどおりである文の連なりの共通している一定の型で、公理に規定された小さな記しや細長く連続するすじを組み合わせた意味を伝達するための大系の意思を相手に伝えることに使われる体系に基づいてしるされた、霊長類ヒト科イコール人間や今生活している現実の世界にあって動き働く上下東西南北の大きくなった範囲を自然数で最初の数の空間を占めた形を二個の人以上が同じ目的のために一緒で持つ多くの人や物が一つのところに近づく、ものごとのある時点でのありさまを、心に抱く感情を見えるように外へ出しておのれ以外の人に言葉を伝える物事の正しい順序がきちんとまとまったなかにはいったもの!
- 安藤
- よく言えたねー。
- 森町
- よくわかりましたか?
- 安藤
- わけわかんない!
- 森町
- シェー!
- 安藤
- だから振動?感覚?本来?意味?音声?規則?……
森町の携帯電話が鳴る。
- 森町
- あ、ごめん、ちょタンマ。課長からだ。はい。森町です。
- 安藤
- 「おつかれー、書けてっかー」
- 森町
- えーと、はい、まだですけど順調です。
- 安藤
- 「そっかー。あのね、こっちでちょっと色々あって、この話、草薙書房の方からも協力しますってんで、一人、プロの作家を、講師につけてくれるってことになったんよ」
- 森町
- プロの作家?
- 安藤
- 「関西のね、私も知らんけど、草薙書房から本何冊か出してる人で、名前忘れたけど」
- 森町
- はあ。
- 安藤
- 「いやうちは森町君がやってますからってんだけど、まあ、やっぱ上では、これからは一致団結、みたいなノリがあるみたいで、初めての共同作業です的な」
- 森町
- (安藤は耳を離す)あー、でもやっぱ助かります。というか私も本物の小説家に会うって初めてですよ。さすが草薙書房。コネが。はい。ええ。じゃこちらへ直接来ていただけるということで。はい。わかりました。
と、森町が携帯に向かって電話している最中、出入口から謎の影(黒い人型の紙)が進入してくる。それを見つめている安藤。
- 森町
- 何あれ?
安藤、近づき、影をめくりあげる。
そこには、休演を告げられた俳優の顔写真が。
- 安藤
- わ!
- 森町
- 何!
どこからともなくカセットデッキが出現。
森町、再生(及び一時停止)。
- 井出
- (声のみ)「こんにちは、こんばんは。とにかく初めまして」
- 森町
- もしかして。
- 井出
- 「草薙書房からご紹介いただきまして、参りました」
- 森町
- あのう、これは一体……。
- 井出
- 「今日はどーしても抜けられない仕事ができたので、やむ得ずこの有様ですが、どうかそれについては、劇とは直接関係ないのであまり気にしないでください」
- 森町
- あ、はい。事情はよくわかりました。
- 安藤
- 何でぺらぺらなんですか?
- 井出
- 「いやもう、それはいることにしてあげてくださいお願いします」
- 安藤
- えー。
- 井出
- 「何でもいいカモがいるって話を聞きまして、私も便乗させていただこうかと。おお、君が安藤君か。よろしく。カモって可愛いなって意味だからね」
- 森町
- あ、申しおくれまして。安藤さんの出版を担当してます文学社営業部近畿二課の森町です。
- 井出
- 「ご無礼申し上げますが、こういう状態なので、名刺交換のシーンは省略してくれますか」
- 森町
- あ、はい。
- 安藤
- プロの作家なんですか?
- 井出
- 「小説家の崇奉と申します」
- 森町
- 小説家の崇奉!……って聞いたことない。
- 井出
- ズコー!(安藤、派手に紙人形を放り投げる)
- 森町
- というか変な名前ですね。
- 井出
- 「ペンネームですから。インパクト重視です」
- 森町
- お差し支えなければ本名を。
- 井出
- 「本名はイデと申します」
- 森町
- イデ?
- 井出
- 「井出らっきょの井出」
- 森町
- ああ、普通だ。
- 安藤
- でもらっきょみたいに名前が変わってるかもよ。
- 井出
- 「名前はオロギです」
- 森町
- オロギ?
- 井出
- 「イデオロギーと申します」
- 森町
- あそうですか……。どんな作品を書いてるんですか。
- 井出
- 「代表作は「平和への道のり」「平和と和平」「憲法九条商店街ラプソディー」「忍法平和の術」……(聞いてる二人、倒れる)」
- 安藤
- すみません、題名だけで眠りかけてしまいました。
- 井出
- 「確かに、私は下品な受け狙いベストセラー作家ではありませんがね。これでも、あの日本ペンクラブ、堺支部、副会長、補佐、代理を務めております」
- 森町
- なんか役職が微妙ですが、いや、日本ペンクラブにいるというだけで、私なんか素人、すごい本物の作家だーって感じします。よかったね安藤さん、滅多にないよこんな機会。
- 安藤
- まあ、確かにないな色んな意味で。
- 森町
- では先生、ご指導願います。
- 井出
- 「以前、ウェスティ堺で女子供相手に小説講座を開いたことがありましてね。草薙書房からの依頼で、それをまとめたのがこの本です」
- 森町
- それは……
- 井出
- 「これをテキストに進めていきましょうか。レッスン1。『まずは作品が完成した後を想像してみよう』」
- 森町
- あのう、先生。
- 井出
- 何か?
- 森町
- それ既に持ってます。
- 井出
- ほう!
- 森町
- これ、先生の本だったんですね。ご無理なさらず、そこで見守ってください。作業おっつかないんで。ここ二人でやりますから。あとホント、スケジュール管理だけはちゃんとしてくださいね。
紙人形を椅子に座らせる。
- 森町
- えー、どっからだっけ?小説とは……
- 安藤
- ちょっとストーップ!もういい!面倒臭すぎるよ!
- 森町
- でも仕方ないでしょ!
- 安藤
- そうじゃなくて。もう。さっきから何か違うんだよなー。
- 森町
- あのねー、安藤さん。そもそも、小説を書くって簡単なことじゃないんだよ。面倒なもんなのはっきり言って。
- 安藤
- あのねー、私の中には、物語がちゃんと眠ってるの。今から考えるとかじゃなくて。種みたいなのが。
- 森町
- じゃ、それさっさと書いてよ。
- 安藤
- だから、それは小説にはまだなってなくてー。なんつったらいいかな。例えば映画化するにも原作があるでしょ。同じで、小説するにも原作があるの。
- 森町
- だからそれ書こうって。
- 安藤
- それに水やって芽を出させるのが森町さんの仕事です。
- 森町
- 無茶苦茶言ってもー。
- 安藤
- 作家の才能を引き出すのが編集者でしょ。
- 森町
- じゃあ、あいうえお書いて。
- 安藤
- え?
- 森町
- さすがにそれくらいは書けるでしょ。五十音全部。ひらがなでいいから。
- 安藤
- 馬鹿にしないで。朝飯前のお茶の子よ。ズンズンスラスラスイスイ。
瞬く間に「あいうえお」を書く。
- 安藤
- ほら書けた。で?次どうする?
- 森町
- やったー完成したぞー。
- 安藤
- え?
- 森町
- 早速印刷所にまわしてくる。
- 安藤
- こらちょっと待て。
- 森町
- おつかれさまでーす。
- 安藤
- これただのあいうえおだろ。
- 森町
- 立派な小説でしょう。ちょっと文字数少ないけど、この際贅沢言ってられない。
- 安藤
- 森町さん狂った?
- 森町
- 安藤さん短い方がいいっていってたでしょ。それにこれなら、記憶力悪くてもばっちり。言葉知らなくても書けたし、面倒でもなかったでしょ。
- 安藤
- だからこれ小説じゃない!
- 森町
- いーえ、小説です!あいうえおが小説じゃないってどうして言い切れんの?
- 安藤
- えーっと、つまり、そもそも小説とは……
- 森町
- 何でしたっけねー。辞書引くのも嫌なんでしょ。
- 安藤
- うー、それ物語も何もないじゃん。
- 森町
- あるよー。
- 安藤
- じゃどんな!
- 森町
- ええと、古くから続く血塗られた芸術家一族が織り成す、サスペンスホラー小説。
- 安藤
- テキトー言うな!
- 森町
- てきとーじゃないよ。ちゃんと読ませていただきました先生。とくにラストの寂しい情景描写が読後感を忘れがたいものにしています。
- 安藤
- めちゃくちゃ言いやがって。
- 森町
- だって、そう書いてあるもん。
- 安藤
- 書いているのはただのあいうえお!ほら吹き!
- 森町
- いいえ、立派なホラーです。
- 安藤
- あいうえおがどうしてそうなる!
- 森町
- 安藤さん、自分で書いたくせに。
- 安藤
- 森町さんが書けと言ったから。
- 森町
- それで書けたんだから、理想的な作家と編集者の関係だ。さー、満足か!
- 安藤
- そこまで言うなら、どんな話か説明してよ。
- 森町
- いいですよー。
- 安藤
- 何だこいつ。
- 森町
- 代々画家の一族があってね、でも厳しいんだ。母親が我が子供に絵を教えてるけど、子供は反抗して、母親の思ったような絵を描かない。
- 安藤
- 何処にそんなこと書いてんだ。
- 森町
- 小説は省略あっての表現ですから。
- 安藤
- 省略以前の問題だ。
- 森町
- ちゃんと本文から想像できるよ。母親は、子供の外で覚えてきたタッチに、裏切られた気になってヒステリックに叱りつける。そんな絵描くな。じゃあどんな絵え描いたらいいの。そこで、母親は自分の絵を指して、
- 安藤
- 「ああいう絵、お描き!」
- 森町
- 伝統を押し付ける母親に、苦悩する子供が思わずもらす、
- 安藤
- 「くっ!」
- 森町
- その態度に逆上した母、部屋に飾ってる骨董品から
- 安藤
- 「剣」
- 森町
- 取り出して、
- 安藤
- 「子、刺し」
- 森町
- 突然のことに、わけもわからず命乞いをしようと母親に謝罪するも最早声にならない……
- 安藤
- 「す……せ……」
- 森町
- すんません、が言えない伝わらない、もう戻れない母一思いにもう一振り!
- 安藤
- 「そたあ!」
- 森町
- したたり落ちる……
- 安藤
- 「血ぃ、つー……」
- 森町
- 倒れる。
- 安藤
- 「テトッ」
- 森町
- こっからホラーだぜ。苦手な人は耳塞いで。狂った母、子供をバラバラに切り刻む。かと思えば原型を留めない子供の頭部に語りかけて、助けようともがく!ごめん、我が子よ、今助ける!どうすればいい!狂った母には子供の声が聞こえる。
- 安藤
- 「何?縫うね……脳は皮膚へ、頬……」
- 森町
- それを影で見ていた家政婦の真美ちゃん。
- 安藤
- 「真美。む!メモ!」
- 森町
- 黙ってくれと口止めするが、
- 安藤
- 「や!言うよ!」
- 森町
- かくて捕らわれた母は、今も牢屋の中でも狂い続け、息子の亡霊を見るという。
- 安藤
- 「ラリる!霊!牢……」
- 森町
- 外では犬が、まるで母親を呼ぶ子供の霊が乗り移ったように寂しく吠えている。
- 安藤
- 「わをーん……」
- 森町
- おしまい!
- 安藤
- あー、怖かった、ってねえ!
- 森町
- 私的には家政婦の真美ちゃん萌えです。
- 安藤
- こじつけてるだけだろ!
- 森町
- 解釈と言って。(首を切る所作)傑作ほど、多様な解釈が可能なもんです。
- 安藤
- ごめんなさい森町さん。私が悪かったです。ちゃんとします。えーと、そういえば自己分析が途中でした。
- 森町
- わかればよろしい。
- 安藤
- よくわかんないけど、わかりました。
- 森町
- ちゃんとやる?
- 安藤
- やります!
- 森町
- よしよし。じゃ、続き読んで!
- 安藤
- えーと「あなたの趣味は何ですか」……?
- 森町
- 趣味何よ?
- 安藤
- ない……。
- 森町
- やっぱり。
- 安藤
- 無味無趣味。
- 森町
- あーでも、漫画は読むんでしょ。
- 安藤
- あ、そうだそうだ。フツーに漫画好き。
- 森町
- それまあまあ趣味だ。普通すぎるけど。
- 安藤
- よかったー。趣味は、漫画読むこと。オッケー忍。
- 森町
- どんなん読むの?ナルトとか?
- 安藤
- いやあんま私も知んなくて。友達に薦められたら読むって感じで。
- 森町
- ふーん。
- 安藤
- 完結してるやつで、やっぱり短めのがいいかな。
- 森町
- いいじゃん。
- 安藤
- 自己分析。私の趣味は、友達に勧めてもらったとっておきの漫画を、貸してもらうか本屋で全巻一気買いして、日曜日の昼下がり、お気に入りのお洒落なカフェで、美味しいミルクティーを飲みながら、レアチーズケーキも頼んじゃったりして、持ち込んだその漫画を、最終話から逆に読むことです。
- 森町
- あれ、なんか、良い感じの趣味に聞こえたけど、ちょっとひっかかるのがあったような。何その、最終話から逆に読むって?
- 安藤
- あー、私、第一話から読むんじゃなくて、最終話から逆に読む派で。だから完結してるやつ専門。
- 森町
- はあ?何それ。そんな派聞いたことないよ。え、何で。
- 安藤
- えー、なんかかったるいもん。
- 森町
- ちょっと、それ作品に対する冒涜でしょ。じゃ何?ミステリーとかも。
- 安藤
- 犯人逮捕のシーンから読むから難しいトリックとかも余裕で理解。
- 森町
- ドラゴンボールとか、戦う系は?
- 安藤
- いきなり最強で勝ってるから安心して読める。
- 森町
- だんだん弱くなってくわけか……。もしや恋愛ものも。
- 安藤
- 両想いってわかってるから、心理描写もすいすい読める。
- 森町
- 信じらんない、私なんか予備知識なし派だよ。
- 安藤
- そんな派あんの?
- 森町
- あるよー、主流だよーこれは。わかんないから面白いんでしょうが物語ってのは。ドキドキしながらページをめくるもんなのフツーは。
- 安藤
- ああ、そーゆー楽しみ方?
- 森町
- 何その邪道みたいな。
- 安藤
- じゃあ、森町さんにとって、物語って、一回読んだらもう終わりなんだね。
- 森町
- いや、そんなことないよ。
- 安藤
- だって、わかんないのを進むのがいいんでしょ。
- 森町
- そうだけど。
- 安藤
- じゃあ、一回どころか、その瞬間しか楽しくないよね。森町さんにとって、文学は暇つぶしのための消耗品かあ。ふぇー。
- 森町
- うーん、言われてみれば、それだけじゃないけど。
- 安藤
- 料理と同じで順番なんかどうでもいいの。デザートから食べ始めようが、前菜で締めようがお腹に入っちゃえば同じよ。
- 森町
- 一緒にするなってかコース料理だって順番は大切!
- 安藤
- (突然、何かを悟り)森町さん、携帯貸して。
- 森町
- え、いいけど。
安藤、電話でタクシーを呼ぶ。
- 安藤
- もしもし。こんにちはー。タクシーの配車お願いします。はい(実際の住所を告げる)。はい、待ってます。
- 森町
- え、もしかして今タクシー呼んだ?
- 安藤
- 呼んだよ。
- 森町
- え、何で。
- 安藤
- まーまー、その方がエコだし。
- 森町
- は?……ちょっと待って、いきなり、意味わかんない。エコなら電車の方が、じゃなくて。何で?
- 安藤
- 後から読むとはじめって、読まなくてもだいたいわかるんよ。
- 森町
- へ?
- 安藤
- 例えば、「お前が旅行に来た二人を殺したんだな!」って終わり方なら、二人が旅行に来たって最初、わかるでしょ。
- 森町
- そりゃまあ。
- 安藤
- でも最初っから読んだら、二人が旅行に来るかったるいシーンからで、殺されることすらわかんねえ。
- 森町
- うーん。
- 安藤
- だから、最後から読むとほんとに最初まで読まなくていいから、そもそも最初を書く必要なくて、紙代も節約できて、ってことは森を伐採しなくてすむから、二酸化炭素も増えなくて、エコでしょが。
- 森町
- 確かに……って何の話?
- 安藤
- 森町さんは、地球滅んでもいいと。
- 森町
- いや、そんなことは。
- 安藤
- 全員死ねと。
- 森町
- 何でそんなことになんの!
- 安藤
- 森町さんのその場しのぎの快楽のために、無駄な紙が使われて、結果オランダが沈むのよね。
- 森町
- 待て待て。風吹けば桶屋儲かる以上だそれ。
- 安藤
- 風の物語は桶屋から始めればオッケーや!
- 森町
- はあ?
- 安藤
- ラストシーンこそが大切。終わりに全てがある。
- 森町
- 終わりって何?
- 安藤
- 終わりは終わりよ。話の終わり。
- 森町
- 恋愛ものなら両想いになって、戦う系なら敵に勝って、推理ものなら犯人が捕まって。
- 安藤
- タクシーまだかな?
- 森町
- まだでしょ。
- 安藤
- そんなつまんねえ終わりなら、ノベル賞無理だな。せいぜい、本屋大賞止まり。
- 森町
- 世界に通用する物語は、どんな終わりから始まるんだろ?
- 安藤
- そりゃもうあれしかないでしょ。
- 二人
- 世界の終わり。
- 森町
- ……って、やっぱ環境問題とかかねえ。私が死ぬまではもってほしいよ地球。
- 安藤
- なに森町さん、その俗物発言は。
- 森町
- いやあ、ぶっちゃけ平均的な意見でしょ。等身大の感覚も作家には必要だぜ。
- 安藤
- 等身大?どう死んだ?ってこと。
- 森町
- 違うよ。怖いなー。世界の終わりって死んじゃうってことでしょ。どっちにせよ同じっつーか死にたくないよ私。
- 安藤
- タクシーまだかな?
- 森町
- まだでしょ。死ぬことから始まるわけでしょー。こうゆうのなんだっけ。メメント・モリ。
- 安藤
- 森?
- 森町
- 死を忘れんなって意味だっけ。まあ、そんなん読んだら、いちんちいちんち大切にしようって気になるよね。というか、環境問題ちゃんととりくもーってなるし。
- 井出
- 「環境問題とは限らないぞ森町君」(安藤がカセットテープを操作)
- 二人
- (紙人形に向かい)今何か!?
- 井出
- 「よくぞ気付いた、我が愛弟子、安藤よ」
- 安藤
- 師匠!
- 井出
- 「もう、教えることはない」
- 安藤
- 師匠の細やかな指導のお陰です。
- 井出
- 「タクシーを呼ぶとはとは恐れ入った。安藤さん、君はもう立派な作家だ」
- 安藤
- タクシーまだかな。
- 森町
- まだでしょ。え、ちょっと、どうしたんですか。
- 井出
- 「本日只今を持ちまして、崇流小説極意、免許皆伝だ」
- 安藤
- ははー。
- 井出
- 「証として、この巻物を授けよう」
- 安藤
- なんか、忍者みたい。
- 森町
- だからちょっと待って。世界の終わりとタクシーにどんな関係が!
- 安藤
- 小説は免許皆伝でも乗り物免許は皆無だから。
- 森町
- そうじゃなくて。
- 安藤
- だって、ここ駅から遠いし、トンネル怖いし。
- 森町
- だから何処へ行くの!
- 安藤
- そう、それが重要。だからタクシー。
- 森町
- は?
- 安藤
- 目的地は運転手任せ。
- 森町
- 何のために。
- 安藤
- 世界の終わりに近づくために。
- 森町
- どうやって?
- 安藤
- それ、開いてみて。
森町、巻物を広げる。
- 森町
- 「書を捨てよ、街に出よう」
と、書いてある。
- 安藤
- カンヅメになっても仕方ない。自分探しはもうおしまい。
- 森町
- えー。
- 安藤
- 僕ぶらり旅!
- 森町
- ボキャブラリー。
- 安藤
- 言葉は身体を使って増やす。
- 森町
- ってかこれそういう意味だっけ?
- 安藤
- タクシーまだかな。
- 森町
- まだでしょ。
- 安藤
- 物語は倉庫で起こってるんじゃない、町で起こってるんだ!
- 森町
- そりゃそうだ。
- 安藤
- 作家に必要なのはカンヅメじゃなくて取材旅行だ!
- 森町
- いっちゃん最初と言ってることが違う!
- 安藤
- 最初なんかあてにならないって言ってるでしょ。
- 森町
- まだ一文字も書いてないのに!
- 安藤
- タクシーまだかな。
- 森町
- まだでしょ。
- 安藤
- ほら早く準備して。
- 森町
- え?
- 安藤
- 森町さんも一緒に行くんだから。
- 森町
- やっぱし?
外出の準備をする二人。
カセットテープからは「井出役が出演していた場合、井出が安藤を直接指導するシーン」の音声録音が流れている。
タクシーが到着次第、
- 演出
- 二人の運命や如何に。10分間休憩です。
- 二人
- 書を捨てよ、街に出よう!
タクシーに乗車して、会場を去る二人。
休憩。
第二部
謎の二人が道路から現れ、倉庫へ向かってくる。
一人はアタッシュケースを持つ医者。
もう一人はふわふわした、遠藤。
- 医者
- ごめんくださーい。
- 遠藤
- ごめんくださーい。
- 医者
- 誰もおらんな。あけっぱなのに。勝手におじゃまします。(紙人形をみて)……む!何だこれは。
- 遠藤
- わ、何ですかこれ。
- 医者
- ふうむ。はてさて。
- 遠藤
- ここであってるんですかね。
- 医者
- ここだろう。何だか知らんが、原稿用紙がおいてある。森町はここにいる。
- 遠藤
- え、森町さんいらっしゃるんですか。
- 医者
- 森町に会いに来たんだろう?
- 遠藤
- あ、そうでしたっけ。ここどこでしたっけ。
- 医者
- 文学社、の、倉庫か何かだろう。焼き払ってやりたいが。
- 遠藤
- えー、森町さん、懐かしいなあ。ちょっと久々で照れるというか、心の準備が。今度何書けばいいんだろう。
- 医者
- こらこら、書いちゃ駄目。そのために来たんだろう。遠藤さん。
- 遠藤
- あー、そうでした。
- 医者
- 重症だな。
- 遠藤
- わー、先生、これ見てください。カレンダー古う。
- 医者
- あ?日めくりカレンダーって今でも普通にない?
- 遠藤
- いや、日めくりはそりゃありますけど。そうじゃなくて西暦が。
- 医者
- 西暦?
- 遠藤
- 二〇〇九年って、小学生でも言わないでしょ。
- 医者
- ああ、そういうことか。そんなに古いかね。
- 遠藤
- ええ。アンティーク越えて博物館行きですね。
- 医者
- 遠藤さんって、何年からやってきたんだっけ?
- 遠藤
- 具体的に何年ってったらよくわからないんですけどね。
- 医者
- でも、二〇〇九年は古いと。
- 遠藤
- そりゃもう。未来人的には。
- 医者
- じゃあ僕は死んでるよね。
- 遠藤
- 余裕で。余裕で死んでるってちょっとすみません。
- 医者
- いやいや。
- 遠藤
- まあ、未来人が自分のこと未来人って言う辺りに少しあれはありますけど。お前にとっては現在だろっていう。
- 医者
- 細かいことはいいよ。
- 遠藤
- そこは郷に入りては郷に従えで謙虚に未来人と自称するわけでして。
- 医者
- そうかそうか。
- 遠藤
- ディティールを大切にしろって森町さん言うんですよね。
- 医者
- 何?また書きたいの?
- 遠藤
- え、え。
- 医者
- ディティールを大切にしろって、要するにページ稼ぎだろう。
- 遠藤
- ああ……そうかも。
- 医者
- いや書くのが悪いことじゃないんだからね。むしろ良いことだから。でも未来人どうってのはちょっとあれかもしれんが。
- 遠藤
- そうですか。本屋にあったら結構そうゆうのありますよ?ちゃんとむずそうな本コーナーあるから結構本物だと思いますよ。
- 医者
- トンデモ本は専門書棚においてるからなー。真面目な精神科学書と混ざっていい迷惑だあれは。(日めくりを見て)昨日までは誰かはいたみたいだな(カレンダーめくる。公演日)。
- 遠藤
- あれ、森町さんこちらへいらっしゃるんですか?
- 医者
- さて……文学社曰くだからね。詐欺師たちの言うことは。
- 遠藤
- 先生、詐欺にあったんですか。
- 医者
- 遠藤さんがね。
- 遠藤
- ああ、そうでしたそうでした。
- 医者
- でも大丈夫。落ち着いてね。被害者の会がちゃんと話つけてくれるから。お金もきっと戻ってくる。それより、森町さんときちんとお話しよう。それからゆっくり現代人になろうね。
- 遠藤
- は……(ハイ、といいかけ、くしゃみでそう)あ、ちょっとタンマで……
- 医者
- くしゃみ?
- 遠藤
- ハクシュン。……あー、不発だった。
- 医者
- え?出たでしょ?
- 遠藤
- いや、今こう、未来からのビジョンがビャーってふってくるところだったんですが。今のはただのくしゃみでした。
- 医者
- あー、くしゃみに似てるんだ。
- 遠藤
- 太陽見るとむずむずして出たりするんですよね。
- 医者
- それくしゃみだろ。
- 遠藤
- 過去も未来も、太陽だけはかわらないからかなー。母なる太陽。
- 医者
- ああ。
- 遠藤
- 私たちも元をただせばみんな太陽から産まれたんですもんねー。
- 医者
- ああ、え?そうだっけ?
- 遠藤
- 違うんですか、母なる太陽って言いますでしょ。
- 医者
- いや……僕も宇宙とか天文学は常識程度だから……自信ないけど、多分、違うんじゃないかな。
- 遠藤
- うーん?
- 医者
- む、遠藤さん、ちょっと僕、急激にトイレ行きたくなったから、ちょっとここで待っててくれる?
「トイレは2階」の会場案内を見て上へ行く。
- 遠藤
- あ、はーい。……。おお、一人だ、スゲー。なんかどっかの倉庫で私、一人だ。ああいう絵、お描き、くっ、剣、子、刺し!す……せ……(あいうえお読んでる)……え?何ですか?
遠藤、紙人形を振り向く。
- 遠藤
- あ、どうも。あ、はい。えー、なんかただの椅子カバーと思ってました、すんません。そうです。未来から。ええ。すごい、ほんものの小説家なんですねえ。……あ、すみません、題名聞いただけで眠くなっちゃって……。あの、すみません、私もお手洗いに、失礼します。
遠藤、二階へ。
間をおかず、帰ってくる森町と安藤。
最寄遊園地の土産物を多数身につけている。
- 安藤
- ただいまー。
- 森町
- ただいまー。
- 安藤
- あー楽しかった。
- 森町
- 疲れたー。やっぱり我が家が一番じゃーって我が家じゃねー。
- 安藤
- さー、書くぞー。
- 森町
- ちゃんと書けるのかねー。何か遊んでただけだけど。
- 安藤
- 仕方ないよータクシーが選んだんだし。
- 森町
- この近くならまあ、連れてかれるわな、あっこに。
- 安藤
- 私ちゃんと成長したよー。
- 森町
- あー、帰りは安治川トンネル通ってきたもんね。偉い偉い。
- 安藤
- これから世界の終わり逆巻く世界文学書こうってのに、あんなん怖がってられないよ。
- 森町
- ちげえねえやHAHAHA!……って、そんなんで小説書けるようになったのかなあ。ボキャブラリー増えたの?
- 安藤
- ターミネーター2・3D、バック・トゥ・ザ・フィーチャー・ザ・ライド!
- 森町
- やべえな……何も進んでないかもこれ。
- 安藤
- 私ちょっとトイレ行ってくるから。
- 森町
- あ、どうぞ。
森町、携帯をいじる。メール見て電話。
- 森町
- 森町でーす。課長すんません、メール今見たんですけど、ちょっと、出てたんですよー。安藤さんと。一泊だけ、取材旅行です。電波なかったみたいで、あはは、ツーカー馬鹿にしないでください。で、さっき帰ってきたばかりなんですけど、何時ごろですか。いや心当たりないですねそんなやつ……
外に、トイレから戻った医者が堂々と立っている。
- 森町
- あ、すみません、今、はい、一旦切ります。……あ、どうも。
- 医者
- 森町さん。
- 森町
- はい?
- 医者
- ああ、思い出しました。一度、堺東の裁判所前で、お顔だけは拝見したことが。
- 森町
- ええすみませんが、どちらさまでしょう?
- 医者
- 失礼、こういうものでして(名刺を差し出す)。
- 森町
- あ、どうも(森町も名刺を用意)
- 医者
- 大和川メンタルケアクリニック、YMCC、院長の大和川と申します。
- 森町
- ……文学社、営業部近畿二課の森町です……。すみません、外出してまして。えーと、
- 医者
- 御社にお電話させていただきまして、課長の、小林さんから、こちらへと。
- 森町
- はあ。
- 医者
- トイレ、勝手にお借りしてました。
- 森町
- あ、いえいえ。
- 医者
- もう一人、今、お借りしてますので。
- 森町
- はあ。ええと、このたびはどのような?
- 医者
- ええ。最近ちょっと縁あって、自費出版被害者の会の顧問などをしてましてね。
- 森町
- あ、あー……申し訳ありませんが、そういった件は総務へお問い合わせいただくか、専門の窓口も今あるので、そちらへお願いできますか。私ただの営業なので、直接お越しいただいても、何もお答えできません。
- 医者
- まあまあ。法的なところは私もあまりタッチしてませんから。でも、裁判と慰謝料だけではすまない部分ってのがあるでしょう。こことか(頭に手をあてる)。
- 森町
- おでこ?
- 医者
- 素人さんにはこういうジェスチャーの方がいいですか?(胸に手を当てる)
- 森町
- え、心ってことですか……。ちょっとすみませんが……
- 医者
- 私はそっちを担当してます。(トイレの音流れる)あ、流れた。うん、丁度良い話の流れだ。もう一人が今、参りますんで。
- 森町
- 誰が?
- 医者
- それで話の検討はつくでしょう。
遠藤入場。
- 遠藤
- あー、森町さん。
- 森町
- 遠藤さん……。
- 遠藤
- ごめんねー。
- 医者
- 何あやまってんの?
- 森町
- ああ、そういうことですか……。しかし……
- 医者
- (ファイルを読む)昨年4月。軽い風邪を引いて薬局に行った遠藤さんに声をかけたのが初コンタクトですね?それから二週間後……早いな出版ってそんな早くできるものなのか、最初の著書となる闘病記「36・8度の微熱」出版。
- 遠藤
- それその場で話したの、森町さんが口述筆記で出したんですよねー。
- 医者
- 二百頁ハードカバー。千部でしたっけね、お宅の料金表から照らせば、最低五百万はかかってますな。親に借りたんでしたか。
- 遠藤
- はいそうです。
- 医者
- その僅か一ヵ月後には、エッセイ「36・3度の平熱・健康をありがとう」出版と。しかしそれが書店に並ぶ頃、一家で金策に走り回る遠藤さんは、体調を崩し始めていた。その一ヵ月後、実録ドキュメンタリー「借金地獄さよなら家族」が更なるローンで出版されたのだから世話はない。
- 遠藤
- いやはや。
- 医者
- 家を失い故郷を追われた遠藤さんを、逃すまいと森町さん、わざわざ探し出して、自分史「胡麻の油と私は、搾り取るだけ搾りとられちゃった」を出版……。うん、この頃より今に至る兆候が見え始めるね。リストカットなどの自傷行為が頻繁になってくる。しかし容赦ないね森町さん、体験手記「来た、見た、リストカッター」出版……さっきからこれ誰のネーミングセンスだ?
- 遠藤
- 二人で案出し合って決めるんですよね、森町さん。
- 森町
- ……
- 医者
- えーと、以上か。さすがにこれ以上は無理と思えば、後始末はやくざまがいのローン会社任せ、連絡は一切なしか。遠藤さん、何度も森町さんに会いに文学社を訪ねたんですよ?門前払いだったようですがね。そんな折、自殺未遂で運び込まれた病院から、私のところへ依頼が来ましてね。今、うちに入院していただいてます。
- 森町
- そうでしたか……知りませんでした。
- 医者
- いやあ、知りませんでしたよ。こんな商売。自費出版ビジネスっていうんですか。まあ、私はね、成金相手に自分史やら家計図作らせて金巻き上げるのは構わないと思いますよ。商売ってのは大なり小なりそんなものですから。でもねえ、遠藤さんみたいに、意思の弱い、優しい性格につけこんで、ってのはね。心のケアを仕事にする私としては、とても許せないですね。
- 森町
- しかし、いや、言い訳するつもりではありませんが、契約は合意の上ですから、とにかく後は、裁判の方で、会社の方から見解を……
- 医者
- 森町さん、何もわかってないですね。もう裁判だのですむ問題じゃないんですよ。
- 森町
- いや、それは
- 遠藤
- ふぁ……先生、今未来……ハクション「地球は優良惑星になります」
- 森町
- え?
- 遠藤
- あ、ちょっと……連続で来ました、ハクション「アセンション・プリーズ。まもなく次元が下降します」
- 森町
- 何……
- 遠藤
- あ、またまた、ハクション。あー、今のは不発でした。
- 森町
- え?遠藤さん。
- 医者
- 見ましたか森町さん。
- 森町
- え、今のは?
- 遠藤
- 未来からの電波が私めがけてビャーと。
- 森町
- 電波?
- 医者
- 遠藤さん、君何人だっけ?
- 遠藤
- 日本人ですけど。
- 医者
- じゃなくて。
- 遠藤
- あ未来人です未来人。
- 医者
- 聞きましたか森町さん。
- 森町
- ちょっと何なんですか。
- 医者
- 遠藤さんは未来人らしいよ。
- 森町
- はあ?
- 医者
- この一年、精神的なショックが大きかったんだろうね。
- 森町
- ショックって。
- 医者
- 素人さんにもわかりやすく、敢えて使っちゃいけない言葉を使えばだ……遠藤さんは狂ってしまったんだ。
- 遠藤
- えー!
- 森町
- ちょ、ちょっと待ってください!
- 医者
- 待てないね。あなたの所為で、遠藤さんの未来は滅茶苦茶だ。
- 遠藤
- いや私、未来人なので。そりゃ未来は大丈夫ですよ。色々ガタはきてますけど。
- 医者
- ……ほら、滅茶苦茶だろう。
- 遠藤
- 未来、滅茶苦茶、滅茶未来苦茶未来……ふあ……
- 医者
- どうした遠藤さん?
- 遠藤
- あ、今、でかいのが降りそ……ふあ……
- 医者
- くしゃみか?
- 遠藤
- ももも森町さん……口述筆記の用意!
- 森町
- え、うん!
森町、咄嗟にテープレコーダー構え録音。
- 遠藤
- こんな風に世界が終わるなんて、未だかつて誰も想像しえなかった。天変地異の大災害でも、少子高齢による自然消滅でもなくて、まだしも宇宙人の侵略の方がありえたろう。でもまさか、世界が、一人残らず全員の……自殺によって終わるなんて!
安藤、戻ってくる。
- 安藤
- あースッキリスッキリ、さあ、字を書こう元気に書こう、略して次元下降あーれーれー、大和川先生。おひさー。
- 医者
- ……安藤さん。え、どうしてここに。
- 安藤
- 森町さん、先生呼んだんですか?
- 森町
- え?
- 医者
- ……そうか……なるほど、わかった。みなまでいうな。状況は理解した。すまない安藤さん、僕が至らなかったばかりに、君までも森町の毒牙にかかっているとは。
- 安藤
- へ?
- 森町
- 二人は知り合いなんですか。
- 安藤
- 森町さんの前が小林課長さんで、その前が、大和川先生。
- 森町
- 前?って何が……
- 医者
- この子に物語を書かせてくれ、という依頼は君が初めてじゃないんだよ。
- 森町
- ということは先生も。
- 医者
- 私が始めてでもない。その前から、ワークショップ、カルチャースクール、自己啓発セミナー、といった具合にね、安藤さん親子は渡り歩いている。
- 森町
- そうだったんだ。
- 安藤
- 言わなかったっけ?
- 森町
- 知らなかったよ。
- 安藤
- いや、でもここまで書けそうになったのは森町さんとが初めて。
- 森町
- マジで。あ、ちょっと嬉しい。
- 医者
- 何だって?まさか、君が書けるわけない。なるほどな、どうせ、あいうえおでも書かされてふんだくられたんだろ。
- 森町
- 鋭い……。
- 医者
- 安藤さん、帰ろう。そうだな、取り敢えず、ゆっくり説明するからうちへ……遠藤さんも、すまんね、今日は出直しだ。
- 森町
- ちょっと待ってください!
- 医者
- 何だと。
- 森町
- 安藤さんは、今、うちのお客さんなんですよ。勝手なこと……
- 医者
- はっきり言おうか。詐欺師。そうやって堂々と営業している分、そこらの詐欺師より質が悪い。
- 森町
- いや、わかります、会社とは関係なく、個人的な立場でいえば、わかりますよ。
- 医者
- 何を……
- 森町
- とにかく!それは別として、今安藤さんは書こうとしてるんですよ!書けるかはわかりませんが、いや書けます。今度こそは。それが依頼ですし、これが結果です。お願いですからその邪魔しないでください。
- 医者
- 馬鹿な。催眠療法、箱庭療法、音楽療法、温泉療法、砂かけ療法……最先端の精神医学療法を駆使しても、安藤さんから物語を引き出すことはできなかったんだぞ。
- 森町
- よくわかりませんが、そうですよ、本を書かせて儲けるというね、我々の卑しい商売の、そのワザの集大成がですね、こっちは我がトコの利益が絡んでる分、その何とか色々に勝ったんです。
- 医者
- ふざけるな。
- 森町
- いや、誰が勝ってるかとかでなく、書くのは安藤さん自身ですから。私は手伝ってた、いや見守ってたに過ぎません。ね?安藤さん。
- 安藤
- え?あ、ごめん、どのタイミングで「私のために争わないで」って入れようか迷ってよく聞いてなかった。
- 遠藤
- あのう、私邪魔なら帰りますけど。
- 医者
- ……未来に?
- 遠藤
- や、ウチにですけど。
- 医者
- 人一人こんなんにして、黙って安藤さん任せられるか。
- 森町
- いや、その遠藤さんにしてもですね。その次元が上昇するとか下降するとかって何かトンデモ本の影響でしょう。徳間書店辺りの。
- 医者
- 認めない気か!
- 森町
- いやその因果関係が。すみません、ちょっとトイレ行ってきていいですか。さっきからちょっと。
- 医者
- 逃げる気か。
- 森町
- 逃げませんて。単にトイレです。
- 医者
- 私も我慢してるんだ。
- 森町
- いや別に我慢しなくても、ってかさっき行ってませんでした?まあ、とにかく失礼。
- 医者
- 待て私も行く。
二人、言い争いながら退場。
取り残され、所在無い安藤と遠藤。
- 遠藤
- ……えーと、安藤さんって仰るんですか。
- 安藤
- え、はい。
- 遠藤
- 私遠藤ですー。
- 安藤
- こんにちは。
- 遠藤
- ドウつながりですね。
- 安藤
- はい?
- 遠藤
- 安藤さんと遠藤で。
- 安藤
- そっすねー。
- 遠藤
- っていうか森町さんつながりですもんね私ら。
- 安藤
- あ、そうなんだ。てか、大和川先生つながりもかー。奇遇ー。
- 遠藤
- 安藤さんって小説書くんですか。
- 安藤
- あうん、今から。
- 遠藤
- 小説って私やってないから憧れありますよー。エッセイばっかだし。
- 安藤
- いやー、別に小説がエッセイより上とかはないでしょー。
- 遠藤
- えー、でもエッセイとか自分史とかってまんま現実で、小説とか、何というか最初から全部きちんと考えないといけないというか。
- 安藤
- やー、好きなだけテキトーこいていい分、楽っちゃ楽だよ。
- 遠藤
- そうですか?
- 安藤
- そうだよ。遠藤さんも書こうよ。
- 遠藤
- できるかなー、未来人の私に。
- 安藤
- いやなんかもう、未来人のエッセイって既に小説だし。
- 遠藤
- ほんとですかー。てか、私書いたらまた先生に怒られるんだった。
- 安藤
- というか遠藤さんって、何、未来から来たの?
- 遠藤
- そうなんですよー。
- 安藤
- 何しに?観光とか?そういうの流行ってたりする?
- 遠藤
- いやー、それよくわかんないんですよね。
- 安藤
- わかんないって……
- 遠藤
- 多分あれですよ、タイムトラベルによる記憶喪失って。ターミネーター2とか。
- 安藤
- ああ。……あれ?ターミネーターって、記憶無かったっけ?
- 遠藤
- 違いました?
- 安藤
- 無いのは服でしょ。
- 遠藤
- そうでしたっけ。(自分みて)あっぶねー。良かったー。服ある。
- 安藤
- というか、タイムトラベルできんだ。すごい科学力?未来ってやっぱ。
- 遠藤
- あー意識したことないですー。でも結構すごいと思いますよ。ほら環境問題とか全部解決してますもん。
- 安藤
- まじで?良かった。そんなら今日からごみの分別やめるねめんどいし。
- 遠藤
- それ困りますよー。今あって未来ですから。地味にこれからもお願いします。
- 安藤
- えータイムトラベルできるならこれくらい楽勝でしょ。
- 遠藤
- あー、だんだん思い出してきたけど、そこまでSFじゃないです。
- 安藤
- じゃあ遠藤さんどうやって来たのよー。
- 遠藤
- 突発事故系ですかねえ。
- 安藤
- 事故?ってか未来ってぶっちゃけ平和?なんか、問題は解決してるけどありがちなガチガチ管理社会とかってオチじゃない?
- 遠藤
- あー、いや管理社会とかはないですけど。平和だったかなー。というか、私、さっきあれだ、世界の終わりビジョン見たんだ。それ警告しに来た系かな。
- 安藤
- 何結局終わっちゃったの世界。てか私も世界の終わりについて書こうとしてたんだけど。
- 遠藤
- えー現代人なのに?お疲れ様です。
- 安藤
- いや、もうすごい小説にしたいから。
- 遠藤
- それ、どんなんですか、聞きたい。
- 安藤
- いやでも私の想像だから、本物にはかなわないよ。
- 遠藤
- 世界の終わりにかなうとかないですよ。
- 安藤
- でもはずかしー。全然違ってたら。
- 遠藤
- 笑ったりしませんてウフフ。
- 安藤
- じゃあ、せーので言う?
- 遠藤
- いいですよ。
会話弾む中、突如外に現れるタクシーの運転手。
- 運転手
- あのー、すみませーん。ちょっとよろしいでしょうか。
- 安藤
- はい?
- 運転手
- さっき、お伺いさせていただいた、タクシーなんですけども。
- 安藤
- え?はいはい。どうも先ほどは。
- 運転手
- お世話になっております。あの、車内の方に、忘れ物がございまして、お届けに参りました。
- 安藤
- え、何か忘れたっけ?
- 遠藤
- いや、知りませんよ。
- 運転手
- こちらからなのは確かなんですけど。
- 安藤
- じゃあ取り合えず、お預かりします。
- 運転手
- あ、すみません、一応こちらにサインだけ。
- 安藤
- はい、じゃあ安藤で……(サインする)。
- 運転手
- では、失礼しました。
運転手、去る。
- 遠藤
- 何忘れたんですか?
- 安藤
- これうちのじゃないよー。
- 遠藤
- 怪しいですねー。呪いのビデオ。
- 安藤
- いや“映画マチマチ”」だって、知ってる?
- 遠藤
- 映画あんま見ないんで。
森町、疲労しながら戻る。
- 森町
- あ……仲良くなってる。
- 藤藤
- 先生は?
- 森町
- まだトイレ……。
- 安藤
- 森町さん、遠藤さん騙したの?
- 森町
- いや、そんな昔の話だよ。
- 遠藤
- もう半年ぐらい経ちますかねー。
- 森町
- ってか、あの先生も大概怪しいでしょーメンタルケアとかすんごい。二人とも何か、相談料とかいってぼられてない?
- 安藤
- さあ、お金払ってるのお母さんだし、
- 遠藤
- いやー、良い先生ですよー。
- 安藤
- そうそう。帰るとき、いっつもアメくれたし。
- 遠藤
- え、そんな外食でお会計した後みたいなノリが。
- 森町
- アメでタイを釣るって言うでしょ。エビとムチを使い分けるってか。
- 安藤
- あ、エビといえば。森町さん、タクシーにこれ忘れた?
- 森町
- 何それ。
- 遠藤
- さっきタクシーの人来てましたよ。
- 森町
- は?
- 安藤
- 忘れ物ーって。
- 森町
- いや違うでしょ、うちらのじゃ。
- 安藤
- だよねー。
- 森町
- え?何、わざわざ届けに来たの?
- 安藤
- うん。ここってビデオとか見れる?
- 森町
- えー、何かへんなの映ってたらやだよ。
言いながら、森町と遠藤はシャッターを閉め、安藤、何処かしらにビデオをセット。
照明が落ち、エレベーターからプロジェクターが降りて、映像を投影。
映像。
安治川トンネル内エレベーターが映る。
- 森町
- あれ、ここどっかでみたような。
- 安藤
- 安治川トンネル。
- 森町
- あ、ほんとだ!
- 遠藤
- あー私もここ通ってきました。
エレベーターは下降し、扉が開く。
前へ進むカメラ。
前方に、トンネルを進む、森町と安藤の後ろ姿。
遊園地の土産を装備してる。
- 安藤
- おー、私発見。
- 森町
- うえー、ちょっとこれついさっきじゃん!誰か撮ってた?後ろから。
すると、突如、覆面した人影が現れ、刀で安藤を斬り、そのまま走って消えていく。
- 安藤
- あ、斬られた。
- 森町
- えー!これ何……呪いのビデオ以上なんだけど!
安藤、倒れ伏しても、森町、気付かずに歩き去っていく。
カメラは倒れる安藤に迫る。
「任務完了」の紙が落ちてある。
- 遠藤
- 森町さん、そのまま見捨ててますけど。
- 森町
- いやいやいや……
- 医者
- おーい!私を締め出す気か、森町!
シャッターを開ける医者。
同時に照明も戻る。
エレベーターは下降し着地。
- 森町
- いや、そんなつもりではないんですけどね。
- 安藤
- 映画、観てたんで。
- 医者
- 映画だと!暢気な……。
- 遠藤
- 見るまでシネマせん!
- 森町
- いや、これはですね、さっきタクシーの運転手が来てですね、あ、昨日タクシー使ったんですけどね、こっから、でその運転手が、持ってきたんですけど、したらさっき……
突如、再びタクシー運転手、現る。
- 運転手
- 忘れ物です。
一瞬、静まる。
- 安藤
- 今度は何?
- 運転手
- 私の忘れ物です。それ。
- 森町
- はい?
- 運転手
- 私の影。
運転手、ゆっくりと紙人形に歩み寄る。
同時に、頭巾を被るなどして、忍者に変身。
- 運転手
- ただ、おかえり、いま。
紙人形を足元おいて立つ。
- 忍者
- ある時は売れない小説家、またある時はタクシーの運転手、ある時は実家の不動産業手伝い、ある時は、三流劇団の役者、そしてまたある時は、現代社会を暗躍する忍者。
- 全員
- しかして、その実体は?
- 忍者
- 全部そうだが、ただ今は!
- 全員
- 今は!
- 忍者
- いーちといーちで忍者だよ。ドロン!
- 森町
- はあ?
- 安藤
- 忍者って、シノビ?
- 忍者
- 如何にも。私でなく拙者と言った方がよいかね。
- 森町
- えーと、本日はどのようなご用件で。
- 忍者
- 主君の命を受けて参上した。
- 森町
- 主君?
- 忍者
- 日本ペンクラブ。
- 森町
- はい?
- 安藤
- というか、あんた出演中止じゃなかった?
- 忍者
- 忍法、出演中止の術!
- 森町
- えー?
- 忍者
- 忍法出演中止の術とは、出演を中止に見せかけて相手の油断を誘い、こっそり袖から見張る、隠遁の術也。
- 医者
- ほほう。
- 忍者
- 加えて忍法影隠れの術も使わせてもらった。
- 遠藤
- あ、それ影だったんだ。
- 忍者
- 二次元の影、切り離して偵察。
- 安藤
- さすが忍ぶの、専門家。
- 遠藤
- 便利。
- 忍者
- 忍者は忍ぶだけではない。飛び越えもする。
- 安藤
- ジャンプ力高そう。
- 遠藤
- 忍者ってあれですよね。毎日成長する草を飛び越えて。
- 忍者
- 高さや長さだけではない。次元のサカイも飛び越えてご覧にいれる。
- 医者
- ほう!やるな!
- 安藤
- 忍者のくせにお喋りな。主君とかいっちゃん秘密だろ。
- 忍者
- 喋らんと伝わらないだろうが。理由が要るなら冥土の土産ということにしておけ。
- 安藤
- 冥土の土産を後出しとな!
- 森町
- ちょっと待ってちょっとちょっと、メイドって家政婦の真美ちゃん……。
- 医者
- 近づくな森町!
- 森町
- うわ!
忍者、刀を森町に振るう。
- 森町
- ちょっと危ないでしょんなもの振り回して。
- 忍者
- 案ずるな、無益な殺生望むところでなし。
- 森町
- あ、ネック・タイが!(ネクタイが切れている)
- 安藤
- 真剣!
- 忍者
- ふざけてなどいない。
- 森町
- ちょっとしゃれになってませんよそれ(近づく)。
- 遠藤
- おしゃれが……
- 医者
- 離れろ森町!
- 森町
- うわ!
忍者、刀を森町に振るう。
- 森町
- ネック・タイが!(もっと短くなってる)
- 忍者
- 今度はタイでは済まさない。ネックが飛ぶ。
- 森町
- ひえー。
- 忍者
- 邪魔するな。貴様に用はない。
- 森町
- じゃあ、
- 忍者
- 狙う首は、安藤、貴様ただ一人。
- 森町
- は?
- 安藤
- できるもんならやってみろ。
- 森町
- ちょっと。
- 忍者
- その心意気や良し。
- 医者
- 何故、安藤を狙う。
- 忍者
- 昨日から、ここの様子は私が密かに設置した隠しカメラによって、日本ペンクラブ本部へと送られている。
- 森町
- 隠しカメラ!
- 遠藤
- あれじゃないですかね?(記録用ビデオカメラを指差す)。
- 森町
- 人の会社で勝手に!
- 忍者
- そしてたった今、裁定が下された。安藤を消せとな。
- 安藤
- 最低!
- 森町
- だから何で!
- 忍者
- さあ、観念しろ。それとも潔く自害するか。介錯ならそこの森町が得意だろ。
- 森町
- ちょっとホントやめてそういうの。
- 安藤
- 私を恐れてか、三文小説家!
- 忍者
- 何だと。
- 安藤
- 今から書くはずの小説を恐れてる。
- 忍者
- ぬう!貴様など
- 安藤
- この出版不況、新人の出現は商売敵ってわけか。小さいな!
- 森町
- え、マジでそうなんですか?
- 忍者
- ごにょごにょ。
- 森町
- だって、まだ書いてもいないんですよ!ってか、書けるの?
- 安藤
- 書くよ!
- 医者
- 問答の余地はないぞ、森町、安藤さんを逃がせ。
- 森町
- うえ?(戸惑いながら安藤へ動こうとする)
- 忍者
- 邪魔するならば斬って捨てる。
- 森町
- (立ち止まる)無益な殺生はしないって!
- 忍者
- 有益ならば、やぶさかなし。
- 安藤
- 森町さん、私を守って!
- 森町
- (芝居がかっていく状況に憮然とし)ちょーっと待ってください!私ただのサラリーマンですから!
- 忍者
- 私だってただの忍者だ!
- 遠藤
- 私もただの未来人です!
- 森町
- もうどうなってんだ!狂ってるやつばっか!余所でやってくれませんか。ここ、うちの会社ですよ!こんなところで事件を起こした日にゃもう!
- 忍者
- 心配するな、この件は完全にもみ消される。明日から何もかも忘れて詐欺稼業に戻ればいい。
- 森町
- もみ消すって……
- 忍者
- 日本ペンクラブの力をもってすれば造作もないことだ。
- 森町
- いや無理だろ、日本ペンクラブじゃ!
- 忍者
- 日本の情報産業は全てペンクラブの支配下にあるのだ。
- 森町
- 文壇の一部だけでしょが!
- 忍者
- それは氷山の一角に過ぎない。
- 医者
- やつの言っていることは本当だ。
- 忍者
- そして驚くな。更にこの件は、世界ペンクラブが裏で糸を引いている。
- 遠藤
- 世界ペンクラブですって!
- 安藤
- 知っているのか遠藤さん。
- 遠藤
- え?あのー……(考えながら)古代より存在し、世界史を裏から操る、歴史の闇に隠された文藝団体です。芸術だけじゃなく思想、宗教とか経済の仕組み或いは歴史まで、この世の言葉そのものを牛耳って世界を仕組んでます。えーと、日本ペンクラブもその末端組織に過ぎず、日本人で最初に加盟したのはエー、紫式部とも!
- 森町
- お前ら今思いつくまま設定つくってるだろ!
- 医者
- やつの言っていることは本当だ。
- 森町
- 馬鹿な、安藤さんの作品は、そんな世界を裏から的トンデモ団体が狙うほどものすごいわけ?
- 遠藤
- すご、尊敬します。
- 安藤
- だから言ったっしょノベル賞確実って。
- 森町
- まるで出来の悪い物語を読んでるかのよう。
- 忍者
- お前もその登場人物のくせに。
- 森町
- なーにが!話についていけない登場人物が何処にいる?
- 四人
- そこに!
- 森町
- それこそ出来の悪い三流メタフィクション。私は関係ない……つまり、読者!わけのわからない展開にうんざりの。
- 者者
- なら、読むのをやめろ。
- 森町
- え?
一瞬、暗転、沈黙。
- 者者
- 本当にやめるな!
- 森町
- ええい、おらおら。勝手にやっとれ!私はこっからみてっから!(脚立にのぼる)
- 忍者
- 好きにしろ。
- 医者
- やがて、降りてこざるを得ない。
- 藤藤
- 続きを!
- 忍者
- 安藤、覚悟を決めろ。
- 安藤
- 私を恐れてか、三文小説家!
- 忍者
- 何だと。
- 安藤
- 今から書くはずの小説を恐れてる。
- 忍者
- ぬう!貴様など
- 森町
- そこさっきやった!
- 忍者
- しからば、切り口を変えて(刀の向きを変える)。
- 医者
- 成程、噂に聞きし世界ペンクラブか。遠藤さん、未来にまだペンクラブはあるか?
- 遠藤
- ハクション。ないです。
- 忍者
- 何だと!
- 遠藤
- 何か昔そういうのあったよね的な感じに。
- 安藤
- 「愛は勝つ」みたいなもんか。
- 忍者
- 馬鹿な!一世を風靡しておきながら忘れ去られてるだと!
- 遠藤
- カラオケで歌うとウケる。
- 忍者
- 我々ペンクラブなくして明るい未来はありえない!故にこそ終わってしまったのだろうその世界!
- 遠藤
- えーと……
- 医者
- ははは、ならば終わってしまえ世界。ペンの支配する平和な世界に較べれば!
- 忍者
- む!危険思想!
- 森町
- ちょっと待った!遠藤さんの未来って、ただの妄想でしょ!何真に受けてんの!
- 者者
- それは後でちゃんとやる。
- 森町
- 待てないね!先にうしろから読む!
- 四人
- 予備知識ナシ派じゃなかったか!
時が進み、活劇の佳境に。
対峙する忍者と医者。森町は既に倒れ伏している。
- 忍者
- もしや、貴様、137億年の秘密を繙く気か?。
- 医者
- 元より!
- 森町
- ちょっとまた話がおっきくなってますよ。
- 遠藤
- 137億年って今時小学生でもいいませんよ。
- 忍者
- 町医者風情が何処まで解いた。
- 医者
- 光と術の大いなる影。
- 忍者
- 貴様!
- 遠藤
- キルヒャー!
- 忍者
- 生かしておけん。
- 医者
- 斬る気か?
- 遠藤
- キルヒャー!
- 医者
- 知りたくないかペンクラブ、世界の仕組みを!
- 忍者
- ぬう!よもやその薬!
- 森町
- 薬?
- 医者
- 製法は私しか知らないぞ。
- 忍者
- ハッタリはよせ。
- 森町
- やっぱ途中からだとわけわからん!
- 者者
- 戻るぞ!
戻る。
- 忍者
- 安藤、覚悟を決めろ。
- 安藤
- 私を恐れてか、三文小説家!
- 忍者
- 何だと。
- 安藤
- 今から書くはずの小説を恐れてる。
- 忍者
- ぬう!貴様など
- 森町
- そこさっきやった!
- 忍者
- しからば、切り口を変えて(刀の向きを変える)。
- 医者
- やつが恐れているのは安藤さんが書く小説じゃない。
- 森町
- え、そうなの?
- 医者
- やつが恐れているのは安藤さんが小説を書くことだ!
- 忍者
- ぬうう!
- 森町
- ちょっと待った、今の違いありました?
- 医者
- 全く違う。
- 忍者
- 才能ある新人は大歓迎だ業界的にも。だが、無能に出てこられると困る。
- 森町
- そんなの無視すりゃいいでしょう!うちの会社ってそんなんばっかですよ!
- 忍者
- 無能は小説書けないし、書いたところで駄作。
- 安藤
- 無能って失敬な!
- 忍者
- 本一冊まともに読めない抜け作が。
- 安藤
- 何だと!
- 医者
- その抜け作に佳作程度は書けそうなんだろ。
- 忍者
- 何を知るそこの町医者!
- 医者
- 安藤さんに書けるぐらいなら、もう誰でも書けるってことだからね。その仕掛けがあまねく明らかになったとき、作家は、職業として成り立たなくなる。
- 忍者
- 小説だけじゃない、もしその仕組みが明らかになれば、あらゆる芸術で、金を取れなくなる。すると、どうなる!
- 遠藤
- ハローワーク?
- 忍者
- タクシーも腰痛で休みがちだし!
- 遠藤
- あー、つまり、毛生え薬は作れるけどアデランスがそれを許さない系の話ですか。
- 忍者
- カツラに例えるな!
- 安藤
- でもあんた「誰にでも書ける小説講座」とか出してたでしょ。
- 忍者
- あんなんで書けるわけないだろ!あれはただのお仕事。ダンサーが素人相手にワークショップやって食いつなぐのと同じ。
- 森町
- でもあれのおかげだよね。
- 安藤
- そうそう、免許皆伝。
- 忍者
- あれは関係ない。現に昨日その時まで書ける気配がなく、抹殺の指令もなかった。
- 森町
- じゃあ、何時の間に?
- 忍者
- 書を捨て町に出、何があった?
- 安藤
- 教えるもんか!
- 忍者
- 堕落させんと遊園地にまで連れてったのに!
- 森町
- そういう意図が。
- 忍者
- 何時の間に見つけた物語。いや、世界の終わりか。
- 安藤
- 知らんぷり!
- 忍者
- まあいい。その謎、安藤もろとも葬り去る。いざ!
- 遠藤
- 鎌倉。
突如、拳銃を撃つ遠藤。
忍者、不意をつかれるが外れる。身構える。
- 忍者
- む!
- 安藤
- ひえ。
- 遠藤
- 外れちゃった。
- 忍者
- 種子島とは姑息なり!
- 遠藤
- 何とでも。
- 安藤
- さすがターミネーター。
- 森町
- まじで遠藤さんそれ本物?
- 遠藤
- 護身用にと、先生が持たせて。
- 森町
- 何故!
- 安藤
- 護身?
- 忍者
- お前なんか狙ってないぞ。
- 医者
- 遠藤さん、こいつ危険か?
- 遠藤
- 直感的に。下手すると未来変わって私消滅的な。殺せと電波が!
- 忍者
- どっちが危険だ!
- 医者
- そうか。やはりここが世界の分岐点。
- 森町
- 如何にもな伏線張んな!
- 医者
- 迷わず撃つんだ遠藤さん。
- 森町
- こら、ちょっと!ここではやめて!
- 遠藤
- え、ハクション。
発砲。
- 忍者
- キン!
忍者刀で銃弾を払う。
- 忍者
- 無駄だ……私に種子島は通用しない。
- 森町
- 忍者すげー!
- 医者
- はは!そんな優秀なら忍者一本でやってったらどうだ?兼業小説家。
- 安藤
- そうだそうだ。良い意味でお似合いだそっちの方が。
- 遠藤
- ですよね。
- 忍者
- 愚かな。忍者なんていない方が良いに決まってる。
- 安藤
- おもっきし自己否定しとる。
- 忍者
- 戦国の世ならいざしらず。私は平和主義者なんだ。
- 医者
- ペンクラブの犬が笑わせる。
- 忍者
- 何だと!
- 医者
- 平和主義のペンクラブも、忍者を飼っておかないと不安か。
- 忍者
- 貴様!
- 医者
- ペンも剣も手中に収めて何を企む。
- 忍者
- 世界、人類の平和。昔も今も、そしてこれからもだ。
- 医者
- ちゃんちゃら!
- 忍者
- 話は終わりだ。いざ覚悟、安藤。
安藤、丸眼鏡や髭などの文学者グッズで変装している。
- 安藤
- ああ、あの安藤さんって人、おうちに帰るって出て行きましたよ。
- 遠藤
- !そうそう、私も見ました見ました。
- 安藤
- ほらほら、遠藤さんも言ってるし。
- 遠藤
- 本当ですって。ねー、安藤さん。
- 安藤
- あ、コラ、安藤ってったら駄目!
- 遠藤
- もー!今の黙ってたらスルーされてましたって!
- 安藤
- もう遅いよ。
- 忍者
- 何処だ!一体、何処へ行った安藤!
- 安藤
- お、騙されてる!
- 忍者
- 違う。忍者は人を見た目で判断しない。
- 遠藤
- 良い人?
- 忍者
- 影武者に騙されないがため。
- 遠藤
- あ、そうなんだ。
- 医者
- では何を以って。
- 忍者
- 匂いだ。
- 安藤
- 匂い?
- 忍者
- そこの二人、同じ薬の匂いがする。
- 藤藤
- え?(自分の匂いをかぐ)
- 森町
- ここで薬!
- 忍者
- これは……古今東西の毒薬草を嗅ぎ分ける俺にもわからん……塩酸メチルフェニデート、オセルタミビルリン酸塩、マンドラゴラ、メッコール……危険な香り。そこからも!
医者に手裏剣を投げる忍者。
医者、咄嗟にアタッシュケースで防御。手裏剣が刺さる。
ケースが衝撃で開いて、中から大量の錠剤や瓶、注射針が出てくる。元より狙いはケース。
- 医者
- よくぞ気付いた。
- 忍者
- 盛ったか、貴様。
- 医者
- 如何にも。
- 森町
- ちょっとなんですか、その薬?劇薬っぽいけど。
- 安藤
- あ、先生が何時も帰るときにくれたアメ。
- 医者
- そうだよ安藤さん。
- 安藤
- なつかしー。
- 森町
- アメって何だよ。
- 医者
- 安藤さんには全く効き目がなかったがな。
- 森町
- 安藤さん病人じゃないでしょ。
- 遠藤
- 私は未来人です。
- 森町
- この病気にもそんなに薬って要るんですか。
- 遠藤
- あ先生、そろそろお昼の薬が切れそうです。
- 医者
- 携帯用を使ってくれ。
- 遠藤
- はい。
- 森町
- ちょっと!
- 遠藤
- (錠剤を瓶まるまる飲み干し)フューチャー!やっぱり私は未来人!
- 森町
- ひどくなってる!遠藤さんがおかしくなったってこれでしょ!
- 忍者
- 何の薬だこれは!
- 安藤
- これ名前何だっけ外郎(ういろう)だっけ?
- 遠藤
- 外郎はアメじゃなくて和菓子ですよ。
- 医者
- そもそも薬だ外郎は!
井出の携帯が鳴り、出る。
- 忍者
- ……これはアトーダ会長自ら。ええ、まさに今、袋の中のネズミです。ちょっと表現が紋切り型ですかね。え、世界ペンクラブが?直々に私如きと?……アローアロー。アーユーザマスターオブザクラブオブザペンオブザワールド?オー!レアリイ……。ナイスツーミーツー。イエス……ハハン?アー……、オッケー!アイシー、ザッツライト、センキュー、バーイ。(電話切る)……何て言われたかわからん!
- 医者
- 何だそりゃ。
- 忍者
- だが多分、こうだ。指令変更、この場に居るもの、一人残らず始末しろとな。
- 森町
- そんな!ちょっともっかいかけなおして確かめてくれ!
- 忍者
- 断る。苦手なんだ英語は。
- 森町
- そんなアバウトな。
- 忍者
- 英語はやめろ!私もわかってきた。安藤だけじゃない。今ここにいるもの、全員が危険だ!
- 森町
- 私はただの会社員です!
- 忍者
- 特にそこの医者。貴様は気に食わん。
- 医者
- そうか。矛先間違ってるけどな。ではこれでお相手しよう。
医者、足元の小さな石を拾う。
- 忍者
- 血迷うたか医者。
- 森町
- ちょっと先生、銃も通用しないんですよ。
- 忍者
- そんな石、たかが点。
- 医者
- どうかな。
- 忍者
- まして、その細腕。如何にせん!
- 医者
- イシの力をあなどるな。
- 遠藤
- ストーン?
- 安藤
- ドクター?
- 医者
- ウィル!
- 三人
- 意志!
- 医者
- 強い意志でもって石を放つ。
- 森町
- 精神論ですか!
- 医者
- 点は線の軌道を描いて面を突き進み、必ずや貴様の体を貫くであろう。
- 忍者
- む!点線面体。全次元対応か。
- 医者
- 逃しはしない。
- 忍者
- やはりただものではないな。
- 医者
- さっき、キンッって口で言ったろう。
- 忍者
- ギクリ。
- 医者
- ギクリも普通口で言わない。
- 忍者
- ぬう。
- 医者
- 銃弾、刀で弾いたわけじゃない。その瞬間、次元を飛び超えて二次元あたりに隠れてだだけさ。
- 森町
- はあ。もう何を言ってるのか。
- 医者
- 三次元の銃弾は二次元に通用しない。影を踏まれても痛くないように。
- 安藤
- そこで思い出した!
- 忍者
- 何を突然!
- 安藤
- さっきの薬の名前!
- 忍者
- それがどうした!
- 安藤
- 外郎じゃなくて、ウィルだ!
- 遠藤
- ウィル!
- 医者
- 未来形の意志(石を構える)。
- 森町
- あの、私も思い出したんだけど!
- 忍者
- 何を突然!
- 森町
- いや、そういやー137億年がどうとかっていつ出てくるかなーと思って。
- 四人
- 最早そのシーンはない。
- 森町
- え?
劇が、止まる。演技が中断する。
- 者者
- あれから既に、未来は変わった。
- 森町
- もーこれSFかよ。
- 安藤
- 少し複雑。
- 森町
- だから未来って何だ。
- 藤藤
- 時間の先。
- 森町
- じゃあ時間って何だよ!
- 医者
- 光と相反する、意志の力。
- 森町
- ああもう!光って意志って!
- 藤藤
- 光、母なる太陽より降り注ぎ。(大きな本を取り出し「母」の字が書かれた頁を開く)
- 森町
- はあ。
- 藤藤
- 地上に影を落としゆく。
- 森町
- ひい。
- 藤藤
- 影は二次元。
- 森町
- ふう。
- 藤藤
- 高次元から低次元へと、ただの点になるまで。
- 森町
- へえ。
- 藤藤
- 我々三次元もまた、四次元の影に過ぎない。
- 森町
- ほう。
- 者者
- 意志はその真逆
- 忍者
- 低次元から高次元へと、
- 医者
- 時をかけて広がり進む。
- 忍者
- 点に等しき一人の人間から生まれ。
- 医者
- 零次元。
- 遠藤
- 作者。
- 安藤
- 「あのねー、私の中には、物語がちゃんと眠ってるの。今から考えるとかじゃなくて。種みたいなものが」
- 忍者
- まずははじめに言(ことば)があって。(「母」の口部分が一頁ずれて「言」に)
- 安藤
- (小説のテープを取り出す)「ほら、これなら、一直線だから繰り返したり読み飛ばしたりはしないですむし」
- 医者
- 一次元。
- 遠藤
- 小説。
- 忍者
- 次に情景が広がり。
- 安藤
- 「そして角川のお家芸、メディアミックスが炸裂よ」
- 医者
- 二次元(本、現在の舞台が描かれた見開きの頁)。
- 遠藤
- 画像。
- 忍者
- そして実体が立ち上がる。
- 安藤
- 「ただ、私が並べただけの文字が、マジで生の現実になるんだから」
- 医者
- 三次元。
- 遠藤
- 演劇(本、現在の舞台が飛び出す絵本のように)。
- 忍者
- その意志を測る単位は時間。
- 森町
- 時間が意志なんて聞いたことない。
- 安藤
- 「未来人のエッセイって既に小説だし」
- 遠藤
- フィクション(くしゃみ)。
- 医者
- 安藤さん、ちょっと前、せりふ忘れてとまったね。
- 安藤
- うん。
- 森町
- 見てたのか。
- 者者
- その時何が起こった?
- 森町
- 何も。ただ時間が止まったかのように。あ。
- 医者
- 意志が途切れれば、時も止まる。
- 森町
- そんなんで時間が止まるなら、止めまくって悪さし放題だ!
- 医者
- その悪意が時間を進める。
- 森町
- それじゃあ結局、137億年前の秘密とは……
- 医者
- それは……
活劇調の舞台が再開。
- 医者
- このドタバタが終わってからだ。
- 忍者
- それまでに生き延びれたらな。
- 安藤
- 大丈夫、私に作戦がある。
- 森町
- 作戦……?
- 安藤
- 忍者さん、あ、あっこに五千円札落ちてるよ!今のうちに。(シャッターへ駆け寄り開けようとする)……おもてえ……早く、みんなも続けえ!
- 忍者
- (歩み寄り刀を構える)そたあー!
- 安藤
- 血ィつー……テト。
- 森町
- あー安藤さん!
- 遠藤
- 斬られちゃったー安藤さん!
- 森町
- 嘘でしょー!
- 忍者
- まずひとぉーり!
- 医者
- そりゃあそうだろう……
- 安藤
- あー、びっくりした。
- 森町
- 生きてた!
- 忍者
- 何ィ!
- 遠藤
- 大丈夫?
- 安藤
- 平気だけどショックで痛み感じないだけかもしれないから救急車は呼んで。
- 森町
- そんな、軽い交通事故にあっちゃったみたいな……
- 遠藤
- 刀でバッサリ切られたんですよ。縫わないと!
- 忍者
- やはりな……演劇のお前は影に過ぎない。
- 森町
- 演劇?
- 医者
- あれが如何なる名刀でも、安藤さんにとってはおもちゃ刀でなでられたようなもの。
- 忍者
- 映画でもなかった。
- 森町
- さっきのか?
- 忍者
- 安藤、貴様の原作は何だ!もしや漫画とでも。
- 森町
- 何を言ってる!
- 忍者
- その意志が放たれる元へ行く!(ぶつぶつ呪文を唱えはじめる)
- 遠藤
- ハクション間もなく次元が下降します!
- 医者
- む!次元を飛び越える気だ!追うぞ森町。安藤さんが危ない。
- 森町
- どうやって!?
- 医者
- 知らん!あれの真似するしか。
みんなでぶつぶつ忍術を唱える。
反対側のシャッターが開く。全員、外へ退場。
シャッターのある部分に、中心の支柱を見開き頁の境に見立て、二頁の巨大な漫画が展開する。
内容は、二次元の漫画にやってきた森町たちと忍者の追跡劇。
忍者は、「忍法・遠近法の術」で、二次元の中でも自在に動き、安藤を追い詰めて、刀で斬る。
が、先刻と同様、安藤に刀は通じず、忍者は更に次元を下降しようとし、次回に続く。
一定時間漫画を展開したあと、シャッターが閉じ、漫画も見えなくなる。
一方、エレベーターのある吹き抜けに向かって、下から長い紙テープが吊り上げられる。小説である。
「亜次元トンネルを抜けると小説であった。逃げる安藤、追う忍者。森町たちに為す術無し。かくて一同は、安藤の「原作」を求め、更なる次元へと降下する。行く先は零次元……」
小説の紙テープが上がりきると、多数の辞書の頁が吹き抜けから降り注ぐ。
暗転。
録音された、遠藤の未来予知が再生される。
第三部(未完)
エレベーターが下降。
森町と医者が乗っている。
中心には既に安藤と遠藤の二人が、無言で巨大なオセロを床に展開している。枠はない。
- 森町
- 演劇から映画に漫画、小説と来て、まだ下がるんですか。
- 医者
- 零次元。点、作者だ。
- 森町
- 点?
- 医者
- 物語になる時間もない。全ての原作となる、単一のイメージ。
- 森町
- 安藤さんのイメージ?
- 医者
- ウィルを服用した遠藤さんのイメージでもある。
エレベーター到着。降りる。
医者、紙人形を引きずり出す。
- 森町
- わ!そいつ!
- 医者
- 降りてくる途中で捕まえた。
- 森町
- やったんですか。
- 医者
- いや、逃げられた。影を残して。
- 忍者
- (外から声のみ)ははは!アイ・ウィル・ビー・バック!
ばしゃーん、という水の音。
- 医者
- 安治川に飛び込んだか(電話をかける)
- 森町
- もう何が何だか。一介のサラリーマンをやんちゃな世界に巻き込まないでください!
- 医者
- ああ、僕だ。野脇君。うん、わかってる。落ち着いて。怪我はないか。そうか。今日はそのまま帰りなさい。大丈夫。またこちらから連絡する。
- 森町
- 何処に……?
- 医者
- YMCC。うちの病院だ。案の定、やられたよ。パイプ咥えたひげのベレー帽集団が、手をプルプルさせながら押しかけて、うちの資料を根こそぎもっていったそうだ。
- 森町
- ペンクラブか……。
- 医者
- やってくれたよ。
- 森町
- 資料って、あのウィルって薬の……。
- 医者
- バナナフィッシュって漫画があったろう。あんな感じに、偶然出来てしまった薬なんだ。
- 森町
- いや、その漫画は知りませんけど。
- 医者
- まだ不完全で、遠藤さんにしか効かない。
- 森町
- 無理矢理、時間を加速させて、意志を引き出す薬、ですか。
- 医者
- そうだ。が、無理矢理は余計だ。
- 森町
- しかし、薬を使うってのは……。
- 医者
- 目の悪い人のために大活字版、見えない人のために点字版、点字の読めない人のために朗読版。では、ここが悪い人は?(頭を指す)
- 森町
- え?
- 医者
- 遠い未来なんか待ってられない。私の患者も待ってくれない。
- 森町
- はぁ……で、何か雰囲気的に今すごい無視してますけど、やっぱ気になるんで。二人は何やってるんですか。
- 医者
- これが、二人の原作となるイメージだ。遠藤さん。
- 遠藤
- はい?(オセロしながら)
- 森町
- あ、話しかけていいんだ。
- 医者
- 未来の社会は、何て呼ばれてるんだっけ?
- 遠藤
- えー社会ですか?
- 医者
- 前に聞かせてくれただろう?
- 遠藤
- えーと。
- 医者
- 例えば国家、共同体、帝国、都市……未来で社会は何て呼ばれてる?
- 遠藤
- あ、はいはい。森町です。
- 森町
- 何……呼んだ?
- 遠藤
- 意味はわかんないです。みんな当然のように、そう呼んでるんですけど。
- 森町
- 何を……。
- 医者
- 森町とは果たして如何なる社会か。まず考えたのは、単純に、自然と文明が共生している意味で、森、町とか。或いは、こ難しく考えて、ツリーやリゾームに続く、新たな哲学の比喩としてフォレスト、森とかね。色々考えたよ。だが、資料に目を通して……これは偶然の一致か、未来の社会である「森町」とは、まさかまさか、遠藤さんを引っ掛けた文学社の営業その人じゃあるまいか。
- 森町
- 話がよく……。
- 医者
- 正式名称「改良型森町式意志表現指導術」、通称「MORIMACHI-method」、略称、モリマチ……。
- 森町
- なんすかそれ。ほんと私サラリーマンで。どういう!
- 医者
- 自分で確かめろ。
- 森町
- どうやって!
- 医者
- 簡単だ。電話をかけて確かめればいい。
- 森町
- は?
- 医者
- 残りのウィルをやる。これ飲んで未来に電話して聞け。
- 森町
- はは……それ、シンプルでいいですね。わからなかったら電話で尋ねる。やっとわかりやすい話になった。
- 医者
- 一粒、三百時間。
- 森町
- 要りません……。意志が時間を進めるんでしょ。なら自分の意志で。
- 医者
- 先にうしろから読む感覚だ。ページや、カレンダーをめくるように。
- 森町
- 未来未来、ライライ、未だ来ない未来、いや来てる、ほら来た!ビャーっと来た!ハクション!
- 医者
- いまだ、電話をかけろ。
- 森町
- って、何処にかけましょう。
- 医者
- 職場だ。
- 森町
- (電話をかける)文学社?あ、もしもし、森町ですけど……(電話切る)
- 医者
- どうした?
- 森町
- 森町部長って呼ばれた……。
- 医者
- 出世したな。
- 森町
- 転職してないのか……正直、嬉しくない!かけなおす!
- 医者
- 意志を細やかに分割し時間を順に辿り行け。
森町以外、未来の各所で電話を受け取る人に。
森町、「もしもし」を連呼する。一方、次々と現れる未来人たちの声が、もしもし、に重なる。
「申し訳ありませんが、森町は担当が一杯でして。でもご安心を。社員全員が森町メソッドを実施できますので。基本は簡単なんですよ。ドラフトマスターみたいなもんで、一日で資格も……」
「指紋に例えるとわかりやすいでしょうか。人は能力にこそ差はあれど、誰もが独自の指紋を持つ。森町メソッドは、いわば鑑識に使われる白い粉、その人の指紋を浮き上がらせるのです……」
「もしも指導要領として正式に採用されたら、義務教育の段階で森町メソッドが使われます。既にフィンランドでは盛んに…………」
「もう死なれた故森町会長の遺志通り、森町メソッドは、更なる洗練と普及を目指し、世界へ広く公開し、自由に活用いただけます…………」
「森町という言葉も一人の名前から方法の名前へ、そして立派な国際用語になりましたなあ。やがて普通名詞になって、人の名前であったことも忘れられていくのでしょう、サンドイッチみたいに…………」
「下々に至るまで当たり前になったのは歴史的には最近のことで、かつて表現というものは一部の人が行うもので、それが商売として成り立つほどでした。昔は何事も、少数の代表者を、多数の人が選んで支持することで社会は動いていたのです…………」
- 安藤
- 森町さん。
- 森町
- ……安藤さん……。
- 安藤
- おひさしぶりー。
- 森町
- あの……そっちは今……。
- 遠藤
- やっぱ森町さんですか、代わってください。
- 森町
- いまの声、遠藤さん?
- 遠藤
- (代わって)あ、森町さん、遠藤でーす。お久しぶりです。
- 森町
- えーと……
- 遠藤
- あ、(電話塞いで、笑いながら安藤に)ウフフめちゃ混乱してます。(電話に戻り)あの、そっちからしたらこちら少し未来です。タイムトラベラー的に、森町さん電話するの知ってたんで、待ち構えてたんです。
- 森町
- え、何処で?
- 遠藤
- いや、フツーに喫茶店で。安藤さんとはあれからよく会うんですよー。
- 安藤
- あー、代わって遠藤さん。(代わる)もしもしー。要するに、倉庫で書き終えて、出版して、自費にしてはわりといいじゃん、って少し話題になったーって時くらい。こっちの森町さんも誘ったけど、忙しくて無理だって。担当めちゃ増えたって人気者。
- 森町
- …………安藤さん…………。一つ聞かせて。書いた小説って、多分……。
- 安藤
- そーそー。結局まんまみんなモデルにして書いたんだけどね。
- 森町
- その世界は……何で最後……みんな自殺しちゃったの?
一瞬の沈黙。
- 三人
- (頭を指す)ここが良くなっても、こっちが耐え切れなかったんでしょう(胸を指す)
電話が切れる。二人、オセロに戻る。
安藤の自費出版小説「街街」終了
- 森町
- もしもし!
- 医者
- 切れたか……。
- 森町
- (かけなおす)何で、突然、おかしーな!意志は放ってるのに!
- 医者
- その未来、ペンクラブによって消えた。私の意志もろともに。君はこれからも、悪徳自費出版の冴えない営業、安藤さんは無能、遠藤さんは気弱、私もまた、ただの怪しい町医者に過ぎない。いや、ことによると我々みんな、そろってただの……
- 不動産
- 米子さーん!米子さんいらっしゃいますかー!
森町と医者の意志「街街」終了
先ほどから、外よりシャッターを叩く音。俳優は無視して演技。だが、だんだんと強くなり、演出が恐る恐る駆け寄る
- 演出
- すみません、米子さん今外しています。
- 不動産
- 困ります。どちらへ。
- 演出
- いや、ちょっと。すみません、今、演劇中なんでもう少し後にお願いできますか。
- 不動産
- 待てません。ここ開けてください。開けろー!
叩く音更に大きくなる。演出、やむを得ず、迷いながら開ける。
シャッターの外に、忍者役の俳優が立っている。スーツを着ている。
- 医者
- お前は忍者!
- 森町
- まだ安藤さんの命を狙うか!
- 不動産
- やめろ。忍者とか呼ぶな。演技は終わり。今は完全、仕事で来てんの。
- 医者
- 仕事?
- 不動産
- 最初に謝ったでしょ。今日、どーしても抜けられない仕事ができたって。
- 医者
- そういや、仕事って何やってたっけ。
- 不動産
- (井出役俳優の姓)不動産。はいこれ契約書。
- 医者
- 何の?
- 不動産
- ここ。米子さんとの。読み上げようか?「特約事項第二十三条。1、本物件の土地は、内務省より甲が貸借しているもので、万一甲が死亡した場合、甲の貸借権は消滅する。その際には本契約も解除される。」
- 森町
- は?
- 不動産
- 先日から通知の通り、大家さん、亡くなりました。この土地は、既に内務省の管轄でーす。即刻退去してください。
- 森町
- そんな……ちょっと!
- 不動産
- 「2、乙は前項の契約解除について一切異議を申し立てず、甲に対しての損害賠償等を請求する権利を放棄する」この辺り、もともと国のもんなんです。そんで将来、高速が通るんです、阪神高速安治川線。
- 山本
- いや、ちょっと。
- 不動産
- 米子さんからはご相談いただきましたがね。せめて次のイベントが終わるまでと。「いや、そうなんですかー、でもうちも仕事で仲介してるだけなんでどうしようもねー。すんませんけどその劇団公演中止ですね、個人的な話なんですけど私もプライベートで劇団やってて丁度公演があるんで他人事に思えないですー」って、うちの劇団じゃねえかあああ!
- 受付
- あのー。米子さん、どっかにいかれたみたいです。
- 演出
- はあ?
- 不動産
- はい、米子さん退去完了。あとは、あんたらだけ。
- 遠藤
- (オセロを指して)あの、これ最後、世界地図になる予定なんですけど。
- 安藤
- ものすごい計算してやってんのに。
- 不動産
- 知らん!これ以上少しでも居座る気なら、延長家賃違約金諸経費、一切合財払ってもらう。
- 演出
- えー、すみません、これで終わりまーす。
- 安藤
- 終わっちゃった……。
- 遠藤
- こんな風に世界が終わるなんて……。
- 医者
- ことによると我々は、公演ひとつこなせない、アマチュア劇団の役者たち!
- 二人
- わをーん!
- 演出
- 本日はどうもありがとうございました。
劇団乾杯「街街」終了
読むのが面倒な方のために
これも読むのが面倒な方のために
第一部
自費出版専門の出版社「文学社」の営業森町は、親の期待を受け小説家として出版を希望する学生安藤の担当をしている。本作りに憧れる人をそそのかし高額の制作費・流通手数料などを請求する文学社としては、小説の出来はどうでもよく、兎に角出版さえできればよい。しかし、安藤はあまりに無能故、一字たりとも書こうとしない。厄介な客を抱えた文学社は、文学青年でもあった森町に何とかアドバイスして書かせようと安藤を担当させることになる(但し森町は作家にも普通の編集者にもなれず今は特に文学に対する思い入れはなく割り切って仕事をしている)。安藤は、自身に一流作家、森町に対しては敏腕編集者、のイメージだけは求め、カンヅメにして書かせろと一人前の要求をする。そこで用意した場所は、ホテルなどでなく文学社の自社倉庫で、ここが舞台となる。
文学社は、所謂「自費出版ビジネス」の大手として悪名高く、「被害者の会」と幾つも裁判を進行させている。一方で、民事再生した老舗出版社「草薙書房」を買い取って救済するなど(老舗の看板が狙いだが)、羽振りは良さそうだ。
第一部は、この森町が、安藤に小説を書かせようとする各種ドタバタ。
安藤が書こうとする小説のイメージは謎だが、その一作で世界を席巻するほどの大傑作を想定している。また、その小説が(実際の傑作と同様に)映画化、漫画化、アニメ化し、最終的に舞台化されることを目論んでいる。
森町は、本屋で「誰にでも書ける小説入門講座」なるハウツー本を購入し、それに沿って進める。ただし、本来は、草薙書房が紹介した作家を呼んで指導する筋立てだった。だが、その作家役の俳優が、都合で急遽出演中止となり、その作家が書いた本を使う、という設定で進める。一応、その作家も無理矢理出てくるが、ペラペラの紙人形に俳優の顔写真をはっつけたもの。すぐに放置される。
安藤は、小説家を志望しながらも自分は漫画しか読まない。それも、筋を追うのが面倒で「完結した話を最終話から逆に読む」。終わりこそ重要、という意見から逆に算出して、傑作は「世界の終わり」を描いたスケールという結論に達する。それを描くにはカンヅメになっても仕方ない。ハウツー本の極意でもあった「書を捨てよ街に出よう」を悟った安藤は、突如タクシーを呼びつけ森町とともに取材旅行に出かける。
第二部 前半
一日が経過している。空になった倉庫に謎の人物が二人、尋ねてくる。
一人は医者。大和川メンタルケアクリニックという怪しげな病院の院長。もう一人はふわふわおどおど挙動不審な遠藤。
意志薄弱な遠藤はかつて森町にそそのかされて大量の自費出版をし多額の借金を背負っている。医者は「文学社被害者の会」の顧問をしており、患者でもある遠藤の面倒を見ている。二人は、森町に謝罪させるために尋ねてきたようだ。
やがて多数の土産物を抱えて帰って来る森町と安藤。土産物の様子を見る限り、最寄のテーマパークで豪遊してきただけの様子。
遠藤は、森町に見捨てられ借金にまみれたショックからか「私は未来人」などと妄想めいた発言をするようになっていた。時折、未来からのビジョンを受信し「アセンション」とか「次元下降」などと呟く。また「世界は全人類の自殺によって終わる」という予言もする。
また、医者はかつて安藤の面倒も見ていた。安藤(の親)は、文学社だけでなく精神医療機関やカルチャースクールなど渡り歩いて小説を書こうとしていたらしい。
再開する森町と遠藤、医者と安藤。言い争う医者と森町。無能と意志薄弱で意気投合する安藤と遠藤。ちなみにこの辺りは人物の出入と情報の調整のため、やたらと交互にトイレに行く。
第二部 後半
そこに突如、先刻のタクシーの運転手が「忘れ物」としてビデオ届けにやって来て去る。覚えのないビデオを再生すると、森町と安藤が倉庫に帰って来るところ背後から撮影した場面。そこに黒装束の人間が躍り出て安藤を刀で斬り「任務完了」の紙をおいていく。
謎の映像が終わると、再びタクシーの運転手が現れる。運転手は、黒装束を纏いながら倉庫に侵入し、出演中止の代わりに出てきて放置された紙人形の上に立つ。その正体は「忍法出演中止の術」を用いて偵察中であった忍者であった。
そして密室の倉庫で繰り広げられる活劇のシーンに突入するのだけれど、刀のかわりに次々と伏線と情報が振るわれる、という趣向なので、なかなか混み入ってくる。ので勘所を箇条書きにすると
- 忍者は安藤を抹殺しに来た。
- 忍者は小説家でもあり、日本ペンクラブの指令を受けて来ている。
- 忍者は次元を飛び越えられるらしい。
- 忍者と日本ペンクラブは安藤を脅威に感じている。黒幕である日本ペンクラブの読みによると、安藤は森町の指導によって小説を書けるらしい。新人の出現は歓迎だが、無能に小説が書けるようになると、小説家が商売として成り立たなくなるため。
- 忍者がタクシーの運転手に扮して遊園地に連れて行ったのは遊ばせて堕落させようとしたため。
- 遠藤の未来情報にも、ペンクラブは存在していない。
- 医者は忍者に対し挑発的な態度をとる。
- 遠藤も忍者に対して未来人的立場から危険を感じて懐の銃を撃つ。
- 医者は「薬」を持っている。遠藤だけでなく、安藤も服用していたらしい。
- 途中、薬を服用した遠藤は益々未来人妄想を強める。森町は、遠藤の症状は文学社の所為でなく医者の処方する薬の所為だと疑う。
- この薬の出現によって、ペンクラブの指令が安藤一人から全員抹殺へと変わる。
あーややこしくなってきた。こうした遣り取りを通じて、この世界の仕組みとなっている「光と術の大いなる影」が明らかになっていく。光と対をなす「時間」の正体は、意思。医者の薬「ウィル」は文字通り、意思を強めることで時間を加速させるのであった。
また、光の照射は影を生じさせる。3次元の物体に光を当てれば2次元の影が生じる。対となる時間(=意思)は逆で、照射させることで次元を高める。1次元の小説が、2次元の映像へ。更に、3次元への舞台へと(故に安藤は自身の作品の最終地点を舞台化にしていた)。要するに所謂メディアミックス的な考えを宇宙の成り立ちに落とし込みたかったんですどうもすみません。
遂に安藤を斬る忍者。だが、安藤には平然としている。安藤の「原作」はもっと低い次元にあるようだ(先刻の映像は、二次元の安藤を斬ろうとした)。
忍者は安藤の実体を求め忍術で次元を下降しようとする。皆も真似して次元を超えた追跡劇が始まる。
道路と反対側に面するシャッターが開くと、そこには巨大な漫画。支柱を綴じに見立てた2頁。次元を下降してきた5人。忍者は「忍法 遠近法」で二次元の空間を自在に動き回り安藤を追い詰める。が、やはり刀は通じない。更に次元を潜る忍者と追う安藤。
二階へ通じるエレベーターの吹き抜けに向かって、文字が上昇していく。小説。「亜次元トンネルを抜けると小説であった。逃げる安藤、追う忍者。森町たちに為す術無し。かくて一同は、安藤の「原作」を求め、更なる次元へと降下する。行く先は零次元……」
※「亜次元トンネル」ってのは倉庫近くにある安治川トンネルのもじり。尚、先刻の映像もそこで撮影した。
第三部
安藤(と遠藤)の実体である「原作」。まだ小説にすらなっていないぼんやりとしたイメージ(として、遠藤と森町は、枠のない無限オセロをしている)。
医者は忍者を捕まえたが、影を残して逃げられた。医者は自身の病院に電話し、ペンクラブによって襲撃されたことを確認する。
森町は、薬を使わず独力の意思で時間を進め、文学社に電話をかける。途切れ途切れに遠い未来へと電話をかけることによって、森町が安藤に小説を書かせた実績が方法論となってやがて世界に普及し「誰もが表現できる未来」(そして耐え切れずに滅ぶ未来)の様子が知れる。
その未来は、安藤が書くことになる小説だった。
が、この未来は、ペンクラブと忍者の暗躍によって絶たれた。森町は自費出版ビジネスの営業、安藤は無能、という普通の世界。
突如、外からシャッターを叩く音。脚本に無い想定外らしく当初無視するが「開けろー」との叫びを無視できず劇を一時停止してスタッフがシャッターを開ける。
シャッターの外に立っていたのは忍者、ではなく忍者を演じていた俳優、でもなく普通の人。本業は不動産屋の営業で、舞台である倉庫を立ち退かせるためにやって来た(この立ち退きにまつわる契約内容は実際の話)。出演中止はこの仕事の為でもあった。
かくて演劇は強制終了。出演者は、ただの「公演ひとつこなせない、アマチュア劇団の役者たち」となる。
もっと読むのが面倒な方のために
第一部
ドタバタ
第二部
チャンバラ
第三部
ガンガンガン
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